第654話 クロスステッチの魔女、お見送りをする

 緑と青の混ざり合った二色の瞳に、長くてまっすぐな黒い髪。男とも女ともつかない体は稚く、まだまとう服を決めていないのも無垢さに一役買っているかのよう。……いつまでも裸にはさせられないから、そのうち何かは買うか縫うか、しないといけないけれど。


「なるほど、黒い髪というのも似合いますのね」


「後は、それと決めた《核》を入れるだけです」


 メリンダ様は「やっぱり、自分の作ったものを使われている姿を見るのはいいものです」と言って、お茶を飲み切った。


「あなたに渡すが最後だったとはいえ、そろそろお暇しませんと。また機会があったら、応募してみてくださいな」


「頑張らせてもらいます。しばらくは、このドールアイを眺めているだけで十分、楽しめると思いますが」


 私がそう言って笑うと、メリンダ様も少し、笑みを零された気配がした。優雅に立ち上がった彼女は、玄関の前でお手本のようにドレスの裾をつまんで一礼して見せた。私にはできない動きだ。


「では、あなたに幸運がありましたら、また」


「ええ……また」


 メリンダ様は私の家の玄関扉の取っ手に、何か細かな焼き物の輪を通す。それから彼女が扉を開けると、その向こうは私の知っている外の景色ではなく、どこかの工房のようだった。机の上に大量に置かれた、《ドール》の部品や道具たち。天井から吊り下げられて、多分乾かされている粘土の手や足。そして何故か、机の上で足を少し広げて立ち、頬を膨らませている少女型の《ドール》。


「主様、人様の家の扉を勝手に!」


 という彼女の《ドール》の声がしたかと思うと、そちら側に足を踏み入れたメリンダ様は取っ手からの粘土細工をひょいと抜かれた。たちまち、工房の風景が砂絵を吹き消すように消える。《扉》の魔法の一種だとはわかったけれど、どんな仕組みなのかはなんとなくしかわからなかった。多分、あの粘土細工をつけた扉と工房の扉を同じモノにしてしまって、私の家の玄関扉でもひょいっと開けたらメリンダ様の工房に通じたりしているのだろう。いいなあれ、便利そうで。


「今の魔法のことはお師匠様に今度聞くとして……やっぱり、この瞳はいいものね。奮発してよかったわ」


「二種類の色というのも、いいものですね」


「《核》を見繕ってもらえるのも、楽しみだわ。どんなのと出会えるかによって、この子もかなり変わってくるはずだもの」


 私達がそんなことを話している間も、その子は寝息も立てずに眠っていた。いずれ《核》を宿し、本当こ意味で目覚めるのが楽しみだ。

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