第644話 クロスステッチの魔女、《小市》が終わる
楽しい時間というのはあっという間に終わるもので、まだそれほど時間は経っていないと思っていたのに、気づけば《小市》は終わっていた。店を出していた魔女達の《名刺》はあるので後から訪ね歩くことは可能だから大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。
「気づいたら、あっという間に終わっちゃった……」
「《魔女の夜市》だと、毎年終わる前に帰られてますよね」
「そりゃあ、先にお金がなくなるからね。欲しくなっても買えないんだもの、見たって悲しいだけよ」
単純でどうしようもない理由だった。《名刺》をもらって後から訪問しても、《夜市》で売り切れて買えないことがある。見習いの頃、そんなことがあった。
逆に今回は時間が足りなくて、お財布は予定していたより重みがある。多少いい夕食を食べて、何泊かするくらいの宿代もあるほどだ。
「とりあえず疲れたし、今夜は夕食をお腹いっぱい食べることにして……買えなかったものは、あちこち飛び回って探すかな」
時間だけなら、いくらでもある。服も作ってみたい。あれこれと考えると、一度家に帰ろうと決まった。いつもの椅子に座って、あの机に一通りのものを広げて。その前に明日、服を作るのに必要なものをこの街や魔女組合で買っていこう。
「服を作ってあげたりしたいから、必要なものを買い集めたら一度家に帰ることにしようと思うの」
「わかりました、マスター」
「楽しみだねぇ」
「どんなものができるか、楽しみです」
三人に帰る旨を話してから、ひとまずは今日の夕食を食べる。宿屋で用意をしてくれるように頼んでいた夕食を、併設されてた酒場で出してもらえた。家族でやっている宿屋で、旦那さんが宿屋を。女将さんが酒場を担い、宿屋についてくる食事は酒場のそれだと言うから、頼んでみることにしたのだ。
「このシチュー、具材が全部とても柔らかくておいしいわね……長く煮込まないと出せない味!」
「魔女様がお気に召してくださったようで、何よりです」
ほろほろと煮崩れるほどに煮込まれた、根菜や葉野菜と鶏肉のシチューと黒パン。シチューをつけながら食べれば、黒パンでも最高だ。というか、黒パンなのにそこまで硬くない。日を置いた白パンより、柔らかい気さえしてくるほどだ。
「女将さん、お酒はある?」
「葡萄酒、林檎酒、蜂蜜酒、火酒あたりは色々揃えてますよ!」
「それじゃあ、おすすめの蜂蜜酒を」
やや酸味のあるパンに、滋味深いシチュー。蜂蜜酒をぐいと煽れば、歩き回った疲れが心地よく癒えていく感じがした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます