第614話 クロスステッチの魔女、贈り物をする

 お師匠様の家に入ると、ステューが「これを」と靴を拭くための柔らかい布を出してくれた。ありがたく借りて、雪を拭き取る。


「その靴はどこで?」


「《魔女の夜市》で。靴作りの魔法使いユーノ様の作品だという話ですし、何より気に入ったのと……これならギリギリ買えたので」


「当人が来ていたって話は聞いてないけど……既製靴か」


 頷いた私に、お師匠様は少し顔を顰めた気がした。


「便利ではあるし、独り立ちしたあんたに反対はそんなにしないけれど……あたしはどうにも、既製品ってのが苦手でねえ。それに、《魔女の夜市》には時折、悪意のある魔女もいる。ルイスだって、説明されたのと大分違ったじゃないか。気をつけるんだよ」


 ルイスは自分の名前がつく前のことだったから、キャロルと二人して同じ動きで首を傾げていた。あんまりお小言を言うほどのことではなかったのか、お師匠様は「靴自体はいいものだから、大事におし」と話を結んだ。


「これとこれを、早くお師匠様に渡したくて来ちゃいました」


 私は綺麗な油紙に包んで《状態保存》を刺繍したリボンをかけた、魔法の包みをふたつ、お師匠様の前に出した。


「あんたも、そんなところに気が回るようになったなんてねえ。じゃあ、開けるよ」


 開けた包みのうち、高さがある方は私が焼いたパイが一切れ、入っている。もうひとつを開けると、そちらには私が作った魔法が入っていた。


「どちらも、それなりに凝ったものが作れるようになったじゃあないか。パイは後で食べるとして、魔法の方は……ふうん、《爽快》の魔法かい。例え効果の小さなものだとしても、人の心に影響を与えることを意図した魔法は複雑になりがちだ。けれど……間違いもない。よく作れてるじゃない」


 しばらく目を近づけて私の刺繍を見ていたお師匠様は、私からすると拍子抜けするほどあっさりと、少し魔力を通してくれた。清々しい気分を想定通りに味わってくれたようで「合格」と笑みを浮かべて言われた。


「もっと上を目指すんなら、この調子で精進なさい」


「はい、お師匠様」


 私の刺繍を包み紙ごと大事そうにしまったお師匠様に、ステューがにこにこしている。イースは台所から、熱いお茶を持って来てくれた。いくら魔女で、暖炉のある部屋にいるとはいえ、完全には肌寒さが抜けるわけではない。なので、熱いお茶はありがたかった。


「それで、靴の他にいいものはあったのかい」


「はい! 聞いてください、いろんなお店があって……」


 いつの間にか出されたお菓子もつまみながら、楽しい話に花が咲いた。

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