第612話 クロスステッチの魔女、贈り物を作る
《魔女の夜市》から帰って、朝方に少し眠る。起きていても問題はないけれど、これからやることを思うと少し休んでおきたかった。昼前に目を覚まして、熱いお茶を飲んだら、縫物の練習より先にやることへ取り掛かる。お師匠様への、贈り物の魔法作りだ。
「マスター、何かお手伝いできることはありますか?」
「お茶でこの糸汚しちゃったら泣くに泣かないから、やっぱり今回もヤカンは暖炉であっためっぱなしにしておけばいいし……今の所、大丈夫だよ」
「では、お申し付けくだされば紅茶をお淹れしますね」
万が一にもカップを倒してしまうわけにはいかないから、完全に分けておくべきだ。となると、紅茶担当になりがちなルイスのやることはなくなる。アワユキとキャロルは、最初から観戦組だ。ルイスにも今日は、見ていてもらうことにした。三対も私以外の目があると、間違いにも気づいてもらえるという大変に大きな利点がある。
「最初に、図案を魔法細工の石盤に書き写しておいてよかったわ……」
魔法を刻まれた石盤には、魔力を通して書き込んだことを対の布でしか消せなくする魔法がかけられている。お師匠様からもらった年代物の石盤はかなり上等なもので、自分で買おうとしたらかなり高価なのは目に見えていた。なので、ありがたくつかわせてもらっている。お師匠様が持っているもっと新しいものと違って、蝋筆が白一色しかないけれど、私にはこれで十分だ。
事前に四人がかりで三回確かめながら図案を魔法の石盤に写し、何目か刺す度に図案の模様に斜線を引く。そうすれば、自分が何をどこまで書いたのかがわかりやすいのだ。今回は特に間違えられないので、これを出してきた。事前準備の大変ささえ乗り切れば重宝できそうなので、これからはもっと使ってあげてもいいかもしれない。
数目刺しては、石盤に線を引く。その作業を黙々と繰り返し、時折糸を継ぎ足す。本当はすべての糸を切らずに魔法を作れれば理想だけれど、今回はそんなことをしては途中で間違いなく絡むのでできなかった。それでも同じかせの糸を継ぎ足し、それが終われば同じ雪で濯ぎ染めた糸を出してきて、私は刺し続けた。
「マスター、もう夜ですよ。ご飯にしませんか?」
「あと二目刺したら……」
「主様ったら、ついさっきもそう言った!」
「さっきは三目でしたし、その三目はもう刺し終えておられますわね」
せめてお茶でも、と熱い紅茶を用意されたので、刺繍を置いて飲んでから、また机に向かう。そんな時間を、しばらく過ごすこととなった。
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