第611話 クロスステッチの魔女、縫物がしたくなる

 なんとか家に帰れたのは、月が傾いて夜明けが近づいてきた頃だった。月が真上を過ぎた頃に、やっと外に出られたのだ。それから《夜目》の魔法をもう一度使って空を飛んで、家に帰ってきた。


「外に出るまでが、まず、大変でしたね……」


「そうだったわね……」


 今回は特に人気のある魔女の屋台が集まっているところを通らないといけなかったのもあって、人ごみをかき分けるだけで一苦労。その間に魔女達の屋台を眺めたりするのは、いい経験だったけれど……。大人気の髪作りの魔女や、瞳づくりの魔女。そういうことを趣味とするだけの魔女ではない。それを生業、誇りとしている魔女が屋台を並べている一角だったのだ。当然、並べられている品物の出来栄えも値段も、一段も二段も高くなっている。


「でも、あの綺麗なドレスはすごかったです」


「そうね、あんなに細いレースや糸があるだなんて。ボタンも全部、きっとあのための特別注文品よ」


 特に細く細く紡がせた糸を、繊細な仕事をする魔女にレース編みをさせる。薄手の布を織って、細かい模様を染める。小さな部品を一つずつ、金物作りの魔女に作らせる。それらを特に細い針で縫い合わせ、服に仕立て上げる。普通に人間が着る服を作るだけでも一苦労なのに、《ドール》のための小さなもの仕立てるのがどれだけ大変かは、想像に難くなかった。


「あんな素敵なものを見ることができて、いい経験になったわ。いつかはルイス達の服も、私が作ってあげたいわね」


「本当ですか!?」


「アワユキの! アワユキのもー!」


「わたくしのも、お願いします……」


 三人に頼まれれば、私自身もその気になってくる。ルイスの靴を作った時は、縫い合わせるだけでいっぱいいっぱいだったので、凝った飾りの一つもつけてやることはできなかった。いつか、もう一度作ってあげたいな、と思う。キャロルにも、アワユキにも。靴だけでなく、いつかは服を作ってあげたい。


「そのために必要なのは、魔法以外のお裁縫の腕を上げること……何か作るのを練習したいわね」


 お師匠様からもらっていた本に載っているのは、魔法だ。だから、刺繍しか載っていない。刺繍以外の、編み物や縫物については別の本を漁るしかないのだ。色々ともらったまま読めていなかった本の中には、一冊くらいは縫物の本がある、と思いたい。


「マスター、何か作るんですか?」


「ええ。魔力のない素材も溜め込むだけ溜め込んで使ってなかったら、練習にね」


 何を作ろうかしら、なんて目標を考えながら、夜が明けるのを窓から眺めていた。

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