第592話 クロスステッチの魔女、楽しく調べ物をする
今着ているもの以外の布類を、すべて洗濯してしまった。おかげで広く感じる部屋の中で、私は火の精霊からもらった石を調べることにした。
まずは取り出して観察する。白に赤い斑点が入った石は、全体的に魔力を帯びている。精霊が渡すような石だから、当然だ。特に赤い斑点のところに、濃い魔力を感じた。細かな点と大きめな点のふたつがあり、魔力を通すことができそうな感覚になる。多分、これだけで魔法として成立してしまえる何かだ。だからこそ、扱いは慎重にしなくてはならない。
「この本も石の名前順じゃなくて、どういう石なのかで並んでくれたらいいのに」
やるせない愚痴のようなものを零しながら、分厚い本のページを頭からめくる。この鉱物図鑑には簡単な絵と、何の精霊の領分で生まれた石なのかが最初に名前と書いてあるのが幸いだった。火の精霊の領分の石でなかったり、斑点がなさそうな絵であれば、その項目の文章を読まずに次に行く。ちょっと字が小さくて、びっちりと埋めるように書いてあるから、はっきり言って関係のないものは読みたくなかった。お師匠様の字ではないから、他の誰かの書いた本をお師匠様がもらうか買うかしたのだろう。
「マスター、これは役に立ちそうな本ですね。写してみたらどうです?」
「絵が描けないから却下かなあ。それに、こんなに細かい字でこんなに分厚いんだよ? 十年経っても写せない自信があるわ」
本の内容を丸ごと写す魔法は、まだ誰も見つけていない。《複製》の魔法はあるけれど、本には使えないのだそうだ。潰れて読めない字で出てきたり、魔法をかけた魔女が覚えてる部分までしか複製されなかったり、魔力が弱いとただの白紙の本になるらしい。だから結局、手で写すのが確実で、工芸の一門には写本師で食べて行っている魔女もいるのだそうだ。
「本、というかその一部を写すことはあるけれど、丸々写せるのはもう特殊技能じゃないかしら」
「じゃあ、気になるのだけ写せばいいんじゃなあい?」
「なるほど。それはいい考えだわ。採用!」
かくて調べ物のついでに、切れ端よりはちゃんとした羊皮紙に、気になる石の絵と説明を写す、という作業も加わった。この本は分厚くて字が細かい分、魔力が絡まない普通の石のことも乗っている。それは例えば昔に川で拾った、ただ真っ白くてキラキラした石のことだろうものとか、あるいは木の年輪のように模様が入った石のことだった。本を読む速度は落ちたけれど、こんな日があるのも悪くはないと思う。
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