第593話 クロスステッチの魔女、想像してみる

「あーっ! マスター、洗濯物! 服もお布団も、もうお日様が落ちたのに外に出しっぱなしですよ!」


「あ――っ!?」


 何のために本を広げていたのかを忘れるほど楽しんでいて、気づけば空はとっぷりと夜になっていた。夏至を過ぎて短くなり行く昼の時間にたっぷり吸い取った熱は、秋の夜に吸い取られる。なんとか回収した布類は皆、冷えてしまっていた。私の夜着とみんなの服、それに布団を魔法で少し暖めている間に、他をさくさくとしまっていく。


「雨に降られてなくてよかったねえ」


「そうなったらもう、無理くり魔法で乾かしていたわ……」


 洗濯かごいっぱいに詰めて、それでも何度か往復したほどの量。これだけの量の洗濯物を魔法で乾かそうとしたら、大きな魔法を作るだけで一日が暮れてしまう。だから、お日様に頼る方が確実なのだ。こういう時は、かつて思っていたほど魔法が万能ではないと悟る。まあ、この世には部屋ひとつを魔法で乾燥させて洗濯物も燻製物も好きに作れる魔女がいるらしいから、私も訓練したらできるのかもしれない。


「にしても、あの石の正体は謎のままだったわね」


「まだ、半分も見られておりませんもの。そのうちきっと見つかりますわよ」


「だって面白かったんだもの……」


 なんとか細かい字を読み取ってみると、書いてあることが面白かったのだ。

 石の特徴、採れる場所、どの精霊の領分なのか、どんな魔法に使えるか、どんな加工ができるか、人間の間での価値――魔女にとっては大したことのない石が人間に珍重されていることもあれば、逆もある。


「ほらこれ、『触ると羊毛の塊のようにほぐれていく石』なんてものもあるらしいわ。いつかそこから、糸を紡いでみたいわね」


「でもマスター、ここに『糸にするにはひとつひとつの繊維が細すぎて難しい』って買いてありますよ?」


「だからやってみたいんじゃない」


 長くない糸にしたものを撚り合わせて長い糸にできないかとか、いつものように魔法の染料で染めたらどうなるんだろうかとか、考えてみるのは面白そうだった。採れる地はここから山と国をいくつか越えた先だから、自分自身で手にすることは……すぐにはないだろう。いつかは、そういうところにまで行くのかもしれないけれど。


「春になったら、またどこかまで行ってみようかしら」


「マスターは旅がお好きなんですよ」


「家が好きだったはずなんだけどねえ」


 子供の頃は、安心できる帰れる家が欲しかった気がする。でも今は、家に帰るために外に出てるような気がした。

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