第590話 クロスステッチの魔女、家に帰る
私は、無事に魔力の篭った《精霊石》を《魔女の箱庭》の《精霊樹》の根元に置く。すると、葉が生き生きと茂り、かすかな風にそよぎ始めたのを感じた。ほんのりと空気は暖かくなり、足元の土はほどよい湿り気と柔らかさを帯びる。多分、これでこの樹を育てるための環境としては最上のものが用意できただろう。私の手が届く範囲で、できることとして。
『よき庭になられたようですな』
「ええ! みんなのおかげです、ありがとうございます」
改まって頭を下げると、火の精霊達が喜んでいるのが伝わってきた。これで、目的は達成できた。そろそろ、家が恋しくなってきた。それなりに遠いところにあるだろう家に帰って、ゆっくりしたいな、なんて思う。
「それじゃあ、私達はそろそろ出ますね。家に、帰らないと」
『ばいばーい』
『またねー』
『その石、大事になさるがよいでしょう』
火の精霊達は快く見送ってくれたので、私達は箒に跨って空を飛ぶ。風を切って上へ上へと高度を取ると、やっぱり火の精霊に近づいて暑かったのが、一気に涼しくなった。
「悪い人達……精霊達、じゃなかったけど、ちょっとやっぱり、暑かったわね……」
「でも、何かいいものがもらえたじゃないですか」
「それに、精霊石も魔力満タンだよ!」
「よい収穫はありましたわね」
三者三様にそう話すのに頷きながら、私は元々用意をしていた《探し》の魔法に魔力を通した。
「探すのは……私の家!」
その魔法は、やっぱり遠いことを示す鳥になった。リボンの鳥とはぐれないよう、いつものように私の手首とリボンで結びつける。それから、鳥が示す北の方へと箒の進路を向け直した。
家に帰る旅とはいえ、道順はほとんど行きと違う。そうなると、もう別物の旅だった。また知らない場所を見たり、知らない森に入ったり、知らない街に泊まる。ついでに、依頼を受けたりもした。天気が悪いから、数日滞在することもあった。
「マスター、もうすぐ秋ですねえ」
「あらやだ、のんびりしすぎちゃったわね」
宿でのんびりとしていたらルイスにそう言われ、私は慌てて帰り道を少し急ぐことにした。
「あ、ほら! 覚えのある景色になってきた!」
なんとか家に帰り着いたのは、葉が少しずつ緑から赤や、黄色に変わろうとする頃合いだった。やっと帰ってきた、という実感がある。
「帰ってきたわね! お師匠様のところに顔を出した方が、いい気はしてるけど……」
「けど?」
「今日は疲れたから、明日!」
そう言いながら家の前に降り立って、扉を開けた。
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