第585話 クロスステッチの魔女、火山に着く
《レーティアの火の精霊溜まり》の近く、レーティア山が見えるところまでは、箒で数日かかった。雨に何度か降られて、その度に足を止めていたから、予定よりは時間がかかっている。道が悪いことを気にしなくていい空路にも、空路ならではの苦労はあるのだ。
「あの遠くに見える山が、レーティア山よ」
「やっと、見えるところまで来ましたね、マスター」
「火、吹くのかなあ?」
「アワユキ、山に着いたら焦げないように気をつけるのよ」
「はぁい」
キャロルがアワユキに注意する光景をほっこりと見ながら、私はもう少し箒の高さを上げた。より高く、より空で飛びたいのは単なる私の趣味だ。あんまり高すぎると着陸に困るから、ほどほどのところにしているけれど。
「レーティアの山には、どんな花が咲いてるか楽しみね」
「主様ー、山、緑じゃなさそう!」
緑じゃない山の方が馴染みがある。木がたっぷり生えていて、恵みの多い山は不思議な気分が抜けないのだ。いつも冷たかった人に、急に優しくされたような気分になる。
「山ってああいうのもあるからね。あの距離なら……あと三日の間に着きそう。ちょっと暑くなってきたし、もうひと頑張りしないと」
春はもう終わって、夏に変わりつつある中。本格的な暑さが来れば、そんな最中で火を吹く山に行き火の精霊に会うのがどれだけ暑い思いをすることになるか。山が眠っていて火を吹かなかったとしても、火の精霊達が自分の熱を抑えてくれることはないだろう。つまり私にできることは、少しでもマシなうちに山に辿り着くことだけだ。
三日飛んで、レーティアの山には順調に到着した。雨もなく、天気に恵まれたのだ。向かい風もなく、気持ちよく自分の思う速度で飛ぶことができた。山の麓には巡礼宿があるはずだが、見える範囲には見当たらない。
もうひとつ、巡礼宿を探すための《探し》の魔法を作った私は、魔法の蝶の導きで宿を見つけた。山から少し離れたところに、小ぢんまりとした石造りの家が建っていたのだ。気づかずに素通りしてしまっていたらしく、外は薄暗くなってきた中を少し戻らされてしまった。
宿の前の草地に着陸して、箒から《ドール》みんなが降りたのを確認してから歩き出す。空の上にいないと、地上は風が少なくて暑さを感じた。
「ごめんくださーい」
返事はない。扉の前にビーズの輪飾がつけてあるから、間違いなくここが巡礼宿のはずだ。
「ごめんくださーい、泊まりに来たんですけど!」
もう一度声を張り上げると、やっと扉が開いた。
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