第584話 クロスステッチの魔女、雨上がりに旅立つ
雨が止むまで、三日かかった。その間、ハンスとグレーテは良き客であり続けてくれた。食べ物や情報を交換しあったり、私が糸紡ぎをグレーテに少し教える代わりに、二人の故郷の物語を教わったりした。
「あっ、兄さん、雨が止んだよ!」
「……ああ、止んだな」
三日目の朝。まだ草も土も大量に水を含んではいるものの、それでも雨自体は止んだから、と、お互いに旅立つことにした。空も、ずっとかかっていた灰色の雲は去り、晴れて……はないけれど、白い雲の切れ目に青空のカケラが見えている。雨を絞り切った後の雲だから、あれについては気にしなくてもいい。
「三日もありがとうございます、魔女様。私達も、自分の巡礼に戻ります」
グレーテが挨拶をしている間に、手早く荷物を片付けたハンスが妹の荷物もまとめ始めた。何気なく振り返ったグレーテが「兄さん! 自分でやるってば!」と怒りながら荷作りしている最中、いつの間にか寄ってきたハンスが、私の手に銀貨を握らせてくる。
「ハンス?」
「……俺は、礼の仕方をこれしか知らないので」
「ただの銀貨でも過分だというのに、エレンベルク魔女銀貨じゃない。人間の世界には、あまり出回らないもののはずよ」
銀貨の表面に彫られた顔が、エレンベルクの人間の王のものではなく、大魔女ターリア様の銀貨。普通の銀貨と区別して話す時は、エレンベルク魔女銀貨と呼ぶ。金貨、銅貨もあるけれど、どちらにしたってあまり数を作っておらず――魔女から人間に流れることで流通するので――普通の銀貨より価値が高かった。
「魔女様への礼なら、こいつが相応しい。受け取ってくれ」
金が欲しくて天幕を開けたわけではない。イルマを聞いたからだ。だから銀貨を突き返そうとしたのに、ハンスは素早く引いて妹の荷造りを手伝いに行ってしまった。
「魔女様、本当に三日もありがとうございました。いくらイルマとはいえ、雨が止むまでこうも匿ってくださるだなんて。魔女様に、良き風の巡りのありますように」
「イルマだから、できることをしただけよ。あなた達も、どうか良い巡礼を」
来た時のように荷物を背負い、グレーテは私にそう祈ってくれた。ハンスも頭を下げ、雨が来ないうちに移動をするのだと濡れた道を歩き始める。グレーテが何度か振り返ってこちらに手を振るから、振り返してやりながら、私達も旅立つ準備をした。泥と雨を軽く落としてから天幕をしまい、濡れた地面を箒に跨って蹴る。
「さあ、少し早く飛ばすわよー!」
兄妹とは逆の方向へ、私達の目的地へ。箒の進路を、南にとった。
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