第583話 巡礼者の妹、魔女の天幕で過ごす

 兄さんと巡礼の旅に出て数日。旅になんとか慣れてきた頃に、酷い雨から逃げ込んだ先が魔女様の天幕だった。魔女様は私と兄さんをなんでもないような顔で迎え入れてくれて、不思議な天幕で泊まらせてくれた。黒い髪に、青い瞳の魔女様。それに、彼女の不思議な人形達も見るのは初めてで、ついジロジロと見てしまった。


「ねえ兄さん、雨、やまないね」


「朝になってもやんでないとはな……」


 魔女様の天幕で一晩を過ごさせてもらって、翌朝。私達は雨音で目を覚ました。昨日と同じように、今日も大雨が降っている。少々の雨なら私達も雨除けの傘があったのだけれど、滝のように降り注ぐ雨には無力だった。


「私も今日は出発できないわね。このまま、今日は一日ここで過ごそうかと思うのだけれど……二人はどうする?」


「その、もう一日間借りさせていただけると嬉しいです」


 兄さんがそう言って、私達はもう一日天幕にお邪魔することにした。魔女様は魔法で出したパンを分けてくれたり、一緒にお茶を誘ってくれたりもする。与えることに慣れたような、綺麗な人だと思った。


「魔女様、何をしているんですか?」


「糸を紡ぐのよ。糸を沢山作っておかないと、すぐになくなってしまうんだもの」


 彼女は私にも見覚えのあるスピンドルを手に、羊毛の塊を梳いていた。兄さんはその様子を見て、私を軽く肘で小突きながら「さすがは魔女様だな」と呟く。


「もう、兄さんったら!」


「妹は糸紡ぎが嫌いなんです。すぐに切れてしまって、よく怒られていました」


「兄さんはやったことない癖に! 難しいんだから」


 私が軽く頬を膨らませて怒っていると、兄さんはからかうように笑いかけてくる。私は糸を紡ぐのがどうにも苦手で、スピンドルを回してもすぐに糸がふつふつと切れてしまうのだ。


「機織りなら、まだできるんですけど……すみません。魔女様の前でお恥ずかしい」


「私はなんというか、飽きないからやれているだけってところがあるのよね。それに、弓は全然使えないし」


 慣れない剣で手元を怪我したりするよりは、と言われて渡された短弓のことを褒められても、なんだかすわりが悪い。私は話題を変えたくて、「魔女様の糸紡ぎを見せてください!」と言った。彼女は「緊張するわね」と言いながら、手際よく糸の準備をした。それから、くるくるとスピンドルを回して、糸を紡ぎ始める。見た目は私とあまり変わらないのに、村の熟練した婆様のような糸が紡がれていくのは見ていてちょっとおもしろかった。

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