第572話 クロスステッチの魔女、旅に戻る
結局、街には三日滞在した。あんまりのんびりしていると、《クーリールの風の精霊溜まり》はまだいいけれど、《レーティアの火の精霊溜まり》の辺りは夏、ものすごく暑くなるのだそうだ。それは困るので、未練がないと言えば嘘になるけれど、出発することにした。ここの人たちは魔女に頼らずに街を守っているけれど、それは魔女を拒んでいるからではない。
「あんまりこの街の人が魔女組合を頼ることはないんだけど、私としてはこれくらいの方がやりやすいわ」
とは、魔女組合で私の小銭稼ぎに付き合ってくれた魔女の言葉である。彼女が道中で倒した魔物の魔石や、毛皮などを買い取ってくれたおかげで、私の懐は潤った。いくらカバンに魔法がかけられているとはいえ、あまり使わないものまで雑然と詰め込んでいると、物を探しにくいし。
いい気分でトルーリィヤの街を出て、私はまた箒で空を行く旅をした。《探し》の魔法と箒があれば、よっぽどのことがなければ陸路より早く、森や川だって突っ切ることができる。道のないところを飛び越えていっても安全だからか、私の旅で同じような旅人に会うことは少なかった。けれど、街にあるあれだけの旅人向けの商品を見ていると、私が出くわさないだけで沢山の人が移動しているんだな、とわかる。
「旅人が多いんだなーと思ってても、こんなところばかり通ってると会わないんだけどねえ」
「マスター、普通に街道を歩いたりしませんものね」
「飛んでる方が楽しーい!」
「その方が、魔女らしくはありますわね」
そんな会話をみんなとしながら、道なき道を魔法だけを頼りに飛んで、今日も野宿だった。乾物類でスープを作りながら、手早く支度を整える。《魔物除け》の結界を張り、寝心地の良さそうな枝に腰掛けて試し、ついでに寝袋を引っ張り上げておく。その間に魔法の火が温めていたスープは、いい匂いをさせていた。
「《探し》の魔法の鳥が、小さくなってきたとはいえまだ鳥の姿のままだから……クーリールまではまだ遠いみたいね。夏になる前にはレーティアに着きたいから、頑張るわよ」
「「「おー」」」
明日から箒の速度を少し上げることを話して、いつものように木の上で眠った。結界はこの木を中心にしているから、安全に眠ることができる。
次の日には、旅が再開した。クーリールまで東へ、東へ。少しずつ、春の盛りを過ぎていくのは肌で感じていた。夏前にレーティア、という目標は間に合わない気がしながらも、目的地には着実に近づいていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます