第568話 クロスステッチの魔女、巡礼宿に戻る

 私がストールを持っていなければ、きっと途中で何回か溺れかけていただろう。そう思いながら、髪まで濡れるほど水の精霊たちと遊んだりした。《ナルーアの水の精霊溜まり》を辞すと、太陽はもうすぐ暮れようとしていた。風が吹くと、濡れた髪や体が寒く感じる。


「さ、さすがにちょっと、寒いかも……」


「マスター、火でも熾していきますか?」


「魔法があったはず……」


 なんとかカバンから《乾燥》の魔法を取り出し、自分の服に向かって使う。水浴びの時に使う布で髪を拭いて、これも《乾燥》させた。くしゅん、とくしゃみが出るけれど、寒さはなくなる。これから霧の中を帰らなくてはならないわけだから、宿に戻ったら結局濡れるかもしれないけれど……ここで野宿は、ちょっとあんまりやりたくなかった。寝袋とかも間違いなく濡れるし、湿り気が強すぎて食事にも支障が出そうだったから、魔法の灯りと行き道の赤い紐を導にして、なんとか巡礼宿に戻ってきたときには外もすっかり暗くなっていた。


「ただいま、戻りましたぁ……あったかいシチューか何かありますか?」


「あれ、まあ! 魔女さん、こんな遅くに帰ってくるとは思わなかったよ。ちょっと待ってな、すぐ用意するから。温めた葡萄酒はいるかい?」


「薄めたやつをお願いします」


 メリッサがそう言って用意してくれたシチューには、体を温める香辛料を追加してもらっていた。濡れていた体を拭く用の布も用意してくれていたので、ありがたく少々借りて拭かせてもらった。


「水の精霊たちはいい子だったんだけれど、全身濡れてしまって……一度魔法で乾かしたんだけれど、結局濡れては帰ってきちゃいました」


「よっぽど気に入られたのねえ」


 温めた葡萄酒をちびちびと舐めるように飲みながら、私は水の精霊たちに分けてもらった水のことや、次のことを考えていた。この後はどこに行くべきか……《風の精霊溜まり》や《火の精霊溜まり》がどんな場所か、好奇心が首をもたげてきた。泥だらけとびしょ濡れになった後なので、風で服と髪がぐしゃぐしゃになる覚悟は最低でも必要だろう。火傷だらけにならないといいな、と思いながら、私は地図を広げてみた。


「東に、《クーリールの風の精霊溜まり》。南が《レーティアの火の精霊溜まり》だから、やっぱりクーリールが先かな」


「巡礼者の中だと、《クーリールの風の精霊溜まり》はともかく、《レーティアの火の精霊溜まり》は宿から精霊溜まりも遠くて、大変なんだって噂なんで、お気を付けを」


 メリッサの言葉通り、宿から精霊溜まりは遠そうだった。

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