第564話 クロスステッチの魔女、二番目の巡礼宿に着く

 《ナルーアの水の精霊溜まり》の側の巡礼宿に着いたのは、川沿いを飛んで三日ほど行った後、川のそばから離れてのことだった。小さな川がまた別の源流から流れており、その小川の側に小ぢんまりとした家が建てられていたのだ。扉の前には、ビーズの輪が掛けられていた。


「ごめんください」


 もう夕方になっていたのもあって、コツコツ、と戸を叩いてから、中に入る。気持ちよく整理され、一番目の巡礼宿より宿屋としてはちゃんと整えられた場所のようだった。大柄な女が一人、湿っぽい顔で少し早い晩酌をちびちびとやっていた。


「おや、お客かい。ここは巡礼宿だから、大したものは出せないよ」


「それでいいんです。魔女である以上、必ず立ち寄れとの教えでして」


 私が魔女の首飾りの先端を「ほら」と手のひらに取り上げて見せると、彼女は納得したように頷いた。彼女はメリッサと名乗り、私達に部屋をひとつ用意してくれた。


「魔女のお客さんは、時々来るね。ナルーアの、精霊の力を含んだ水が欲しいと言っては一泊していくよ」


「私もそうしたくて。ここから《ナルーアの水の精霊溜まり》は、歩いてどれくらい?」


「一応朝から出て、昼前には着くよ。ただ、慣れてないと難しいかもね。霧が出ることも多いから、ここに来た魔女様らには歩いていくことを薦めているよ。前々からの申し送りなんだ」


 メリッサはそう言いながら、私達の夕食にシチューを煮てくれた。なんでも元々、《ナルーアの水の精霊溜まり》には巡礼者が多かったらしい。水の精霊は一部の国では特に力があると信仰されていて――そういえばニョルムルも、温泉という特殊な水資源でできた街だから、水の精霊を祀る祠があったっけ――そういう地域の人が、特に訪れるのだそうだ。


「《ノーユークの土の精霊溜まり》からここに来たんだけれど、巡礼宿って色々なのね」


「あそこは、あんまり人が来ないからね。それでも普通の巡礼者以外では、煉瓦職人とかが来てるって聞いたことがある」


 故人を悼むための巡礼ではなく、特定の精霊に自分達の仕事を見守ってもらっている、と考える職人なんかは、仕事に関係のありそうな精霊の元を訪れるそうだ。水の精霊なら漁師に船乗り、温泉の管理人。土の精霊なら煉瓦や壺焼き職人、宝石細工師も来ていたらしい。風の精霊のおかげだと言いながらやってきた、蜂飼いの話もメリッサには教えてもらった。


「一番離れていて一番危険な、火の精霊にもそういう職人が来るそうだ。何の職人だと思う?」


 私がおいしいシチューを口に頬張ってる間にそう聞いた彼女は、私が飲み込んでいる間に笑いながら「鍛冶屋だってさ」と答えを教えてくれた。

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