第565話 クロスステッチの魔女、《ナルーアの水の精霊溜まり》に到着する
メリッサの元で一泊してから、私は翌朝に《ナルーアの水の精霊溜まり》へ向かった。案の定と言うべきか、聞いていた通りと言うべきか、霧が出ている中を歩く。昼にもなれば霧も消えていたかもしれないけれど、そんな時間に向かって向こうで一泊するのは避けたかった。
「あれですかね。メリッサさんが話していた、大昔の魔女が用意しておいてくれたっていう赤い紐は」
「そうみたい。魔法があるとはいえ油断もできないし、この紐を辿ってゆっくり行くわ」
霧に煙る視界の中、地面にはそれでも鮮やかな赤い紐が一本、地面を這っている。それは相当な昔、巡礼だか採取だかに来た魔女が残した、魔法の紐なのだという話だった。
紐の結び目を魔法にしているのは、《外れ者》の魔法の一派だ。とはいえ役に立つのは事実なので、きっと先達もそうしたように私は紐に魔力を補ってやる。ついでに、まじまじと紐を観察した。
「多分、これにかかっている魔法は……《魔物除け》と、《鮮明》、《注目》、《状態維持》かな? 巡礼者の安全を守りつつ、いつまでも鮮やかな赤い紐にすることでより目を惹くようにしてる。だからこれを辿れば、《ナルーアの水の精霊溜まり》まで問題なく辿り着ける、というわけなのね」
「すごい感じがします」
「本当にすごいのよ、少なくとも私より魔法を使ってる魔女ね」
時折、巡礼宿には魔女が来る。そういう魔女達に、紐の維持をお代とするのが代々の申し送りなのだと、メリッサはそう言った。だから、これで宿代を払ったとも言える。
色鮮やかになった紐を辿りながら、私達は道を進んだ。小川を渡り、森の中を突っ切りながら歩く。水の匂いで目的地がわかるかと思ったりしたものの、残念ながら、霧のせいか常に水の匂いがしていてよくわからなかった。
「多分この先だと思うよ! いっぱいいるところに近づいてるー!」
アワユキの言葉を信じながら、時折休憩して一息ついた。しばらく歩いた後に、《ノーユークの土の精霊溜まり》に向かった時と大差ない体感時間で、私は道を遮る茂みを「通らせて頂戴ね」と言いながらくぐった。
「わぁ……!」
その先にあるのが、《ナルーアの水の精霊溜まり》だった。空は晴れていて、視界のほぼすべてを美しく大きな湖が覆っている。キラキラと輝く水面には、虹がいくつも浮いていた。小さなさざめきが、水が風に遊ぶ音と一緒に私に語りかけてくる。《ナルーアの水の精霊溜まり》は美しい場所だと、素直にそう思った。
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