第563話 クロスステッチの魔女、武芸を考える

 川を遡る移動が数日続く間、川を渡る涼しい風で少し肌寒くはあるが概ね順調な旅だった。川で糸を晒したりもしたいと思うけれど、一応、《ナルーアの水の精霊溜まり》に繋がっているこの場所に対して、魔女からも何かをするのはやめておこうと思った。


「水の精霊の加護厚き水で糸を晒せば、とてもいい糸にはなると思うんだけど……まあ、あちらでお許しが出たらね」


 川沿いには民家の一つもない。町も全然ない。巡礼宿は川を遡りきった先、湖の近くにあるから、それまでの間は野宿が決まっていた。《魔物除け》の結界がなければ、魔力の豊富な川沿いの土を受けて魔物が多いこの地を旅するのは難しかっただろう。時折出くわす魔物は、ルイスが主に倒してくれた。おかげで、素材や肉も採れてほくほくだ。さすがに血肉を洗うのに川の水は使いづらいから、魔法で用意した水にした。


「私も少しは魔物を自分で倒さないと、と思っていたのに、完全にルイスに任せっきりになっちゃってるわね。ありがとうね、ルイス」


「いえ、いいんです。マスターのためですから」


「アワユキもー、アワユキも活躍したい!」


「あの、わたくしも……」


 アワユキは氷の礫を飛ばしてもらうことにして、キャロルについてはいいものがないか、今度グレイシアお姉様に相談することにした。こんなに小さな体で大きな武器を持つのは難しいから、前に見かけた冒険者のような短剣の軽戦士になるのだらうか……それはそれで、似合う気がする。


「キャロルについては、今度、グレイシアお姉様に相談してみよっか。……私も、石や魔法を投げる以外を覚えようかしら」


 旅慣れた魔女の中には、武装しているのも珍しくない。《ドール》に武芸を覚えさせても万が一があるから、と言って、戦える魔女は実はいる。自衛にしか力を使わないのが、暗黙の了解である。さらに言えば、大体の魔女が魔法を使って武器を格納していて、普段は素手だった。武装した冒険者が立ち入りを制限されたりしているのを見ていると、多分、そういう厄介ごとを避けるためというのがあるのだろう。魔法なんてものを持っている時点で、今更武器があってもなくても、私は変わらないと思うんだけど。


「ちょっとだけお師匠様に習わされたんだけど、どうにも下手でねえ。まあ、長い間机に向かって黙々としていると、体が凝ってくるから気分転換にはなったけど。とはいえ、三等級になったからってあちこち飛び回ってたら、こういう場所にも出るわけだし……うん、キャロルと一緒に私も、グレイシアお姉様に習うことにするわ」


「僕がマスターやキャロル達を守るんですから、大丈夫ですよ!」


 ルイスとしては、私が武芸を習うのは少し嫌らしい。頬を膨らませてそう言っているのが愉快だった。

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