第559話 クロスステッチの魔女、次を考える

 土の精霊達に渡されたのは、真っ白ですべすべした手触りの石だった。その周囲で精霊達が転がると、土の力が入ったのだろう。石はうっすらと黄色い光を帯びる。私は、自分の知らないその光景を美しいと思って見ていた。その心が、きっと石にさらなる力を与えたのだろう。そんな気がした。


「《精霊樹》を育てるのに、毎日精霊溜まりを回るのも大変じゃろうからのぅ。これを使うがよい。石が真っ白になるまでは、わしらの力をここから樹が吸い上げるでの」


 アメジストの精霊に言われて、私は大人しく石を受け取る。ほんのりと、石に温かみを感じていた。よく日に晒した草や、ヒヨコや、小さな犬猫を触った時の感覚を思い出す石。それを丁寧に綺麗な布にくる――もうとしたら、そのままで良いと言われたので、《精霊樹》を植えたその根元に置いた。入れてもらった土はよく湿っていて、このほとんど石にしか見えない枝に植物の性があるのなら、これである程度は育ちうるはずだった。


「さて、それなら次は水の精霊の元に行きたいわね」


「でしたら、人間達が《ナルーアの水の精霊溜まり》と呼ぶところが良いですじゃろう。ここから近いですし……まあ、普通に歩くには難しいと言われておっても、魔女のそなたなら飛べばよいですしな」


 目的地が決まったから出ようかしら、と思ったところに、ぺしょっと音を立てて泥が私の頰に張り付く。飛んできた方を見れば、幼い土の精霊が「あそんでー」とせがんでいた。


「これお前たち、魔女はこれから水の精霊溜まりに――」


「いいわよ! 投げ返してもいい?」


「「やったー!!」」


 あれだけ湿った土だし、何より現在の私たちはすでに泥だらけ。であれば少しくらい遊んでも問題はないだろう、と判断した。それに、ここに来る人間達は大体が祈りに来るもので、遊びには来てくれない。多分、泥を投げつけて遊びを誘われても、それに乗ってくれる人は少ないだろう。魔女を勘定に入れたとしても。

 だからか、精霊達は私が開き直って泥まみれになることを歓迎してくれた。ルイス達の服も、私の服も、明日には全部丸洗いをしてからでないと出られなくなってしまったけれど、まあ、喜んでもらえたなら安いものだ。私も実は、そんなに泥遊びをした覚えはないし。


「流石に、そろそろ帰らないと……帰りは箒で飛ばさないと、日が暮れるわね」


 気づけば空は橙色の夕焼けに染まろうとしていて、慌てて私は巡礼宿に戻ることにした。またおいで、と惜しんでくれる精霊達の一人が、私の手に「今日の記念!」と言って何かの石を握らせる。「帰ってから見てね!」なんて念押しされたので、そのままなんとか箒に乗って私達は宿屋に戻った。

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