第552話 クロスステッチの魔女、土の精霊溜まりへ向かう

 旅を始める瞬間のワクワクは、何度やっても新鮮なものだった。箒は飛び続けているうちに手足の延長のように体に馴染み、木の棒に跨がり続けることによる体の負担も減ってきている。これについては、コツを掴んだ、という言い方が一番正確だろう。長く乗っても疲れにくくなった。最初の頃は、少し浮くだけでもひどく疲れていたのに。


「精霊溜まりで、いいものが見つかるといいですね」


「みんないい子だから、だいじょーぶだと思うよー?」


「アワユキにとってはみんな、家族かお友達なのかしら。会えたら紹介してくれますか?」


「うん! キャロルも兄様も主様も、きっとみんな気に入ってくれるよー」


 精霊であるアワユキにそう言ってもらえるのは、悪い気はしない。《精霊溜まり》の近くは人が住めないような場所であるのが基本だから、植物や鉱物を採取するのも楽しみだった。ついでに、普段より野宿の備えは万全にしておいている。

 《精霊巡り》の巡礼者も、《精霊溜まり》の真横なんかには泊まらない。大抵は安全なところに巡礼宿があって、日帰りあるいは野宿ひとつを挟みながら、巡礼者が向かうようになっていた。火を吹く山や、崖崩れの多い地域なんかも精霊の力が強くて、《精霊溜まり》になるのだ……さすがにそんなところでは私も、泊まるつもりさないけれど。でも森の真ん中や、大きな湖の側なんかでは、少し長居をしたいと考えていた。人間達は畏れ多いと言ってやらないそうだけど、火や土が寝てる間に降ってこない場所ならいいだろう。


「私達の目的地は、《ノーユークの土の精霊溜まり》。泥だらけにされる覚悟をしろ、と書き添えてあったから、一番着古した服で突入するわよー」


 最悪、汚れが落ちなくても泣かないような服をカバンに入れていた。《洗浄》の魔法も、精霊絡みで魔力を含んだ泥に対して有力とは限らない。だから、汚れまくってどうしようもなくなってしまっても、恨みっこなしの気持ちで服を選んでいた。泥や土は新しい方の《魔女の箱庭》にたっぷりと持って帰るつもりだけれど、服にはあまり欲しくない。とはいえ、それはこちらの都合なので、向こうの都合にある程度合わせる用意をしておいたとも言える。


「ノーユークまでは箒で何日かかかるから、今回は泊まれそうなら宿を借りつつ行きましょうか……あ、あの枝欲しいわね」


 箒で飛んでいる間は、足元を見ることは難しい。それでも逆に木の上なんかを見ることはできて、それはそれで発見がある。というわけで、私は森の奥の樹上で日を浴びるヤドリギを採取できたのであった。

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