第553話 クロスステッチの魔女、ひとつめの精霊溜まりに近づく
《ノーユークの土の精霊溜まり》は、エレンベルク国内のとある山奥。常に霧が漂う、深い湿地帯にあるという。私がその山の近くに辿り着けたのは、出発から五日が経った頃だった。素材になりそうなものを採取したり、魔法の練習をしたり、夜に眠くなるまでめくった本の中の三等級向け魔法に翌朝挑戦したり、色々としていたのだ。
「主様ー、早くノーユーク行こうよぅ」
「さすがにちょっとゆっくりしすぎちゃったかしらね。枝に変化はないとはいえ、土は用意してあげないとだし」
「そうですね、その方がいいかも」
「《精霊溜まり》にはきっと、あるじさまのお気に召すものも沢山ありますわ」
みんなにそう言われて、私は真面目に箒を飛ばす。《探し》の魔法の目的地を、《ノーユークの土の精霊溜まり》近くの宿に決めた。たまにはベッドで眠りたいし、今回の旅を伝えた時にお師匠様から言われたのだ。《巡礼宿》と呼ばれるそれらのひとつに――人間の入れそうな通り道が複数ある場合は、宿も複数ある――顔を出して一泊しておかないと、精霊を害しに来たのかと勘違いをされてしまうらしい。
『魔女は、やろうと思えばやれちまうからね。巡礼宿の連中は、精霊に家族の面影を見ている。それに、精霊を酷使する魔女も過去には存在はしていたそうだよ。その魔法は破棄されたとはいえ、人間の古物語には残ってる。特に、《巡礼宿》にはね。だから、精霊もだけど人間に用心してお行き』
《精霊溜まり》を巡る旅程を見せた時の、お師匠様の言葉だった。今向かっている場所はちょっと山奥とはいえ、それだけだけれど……もっと人間が居づらいような、過ごしづらい環境の《巡礼宿》であれば、余計に警戒するらしい。これも、今回気を付けておくことだった。
「ん……見えてきた。あれが、今夜泊まる《ノーユークの巡礼宿》かな。みんな、いい子にしててね」
「「「はあい」」」
みんなにそう言い聞かせて、私は宿の少し手前で箒を降りることにした。そのまま歩いて、宿に向かう。もちろん、それほど時間はかからなかった。ドアの上の方に、ビーズの輪がかけられている。巡礼者の腕輪と同じそれは、巡礼者のための宿という意味だ。そうでなければそもそも、こんな大きな道もないところに宿は作らない。巡礼してこの地に辿り着き、後の同じような人々のために、人気のないこの場所に骨を埋めることを決めた人。ここを建てたのは、そういう人だ。
「ごめんください、一晩泊めてくださいな」
そう言って、扉を開けた。
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