第551話 クロスステッチの魔女、旅を始める

 私が《精霊溜まり》を巡って《魔女の箱庭》を充実させるための旅をする、と宣言すると、グレイシアお姉様は応援してくれた。お師匠様から許可を得て、《精霊樹》の枝のことも話す。


「まったく、普通の魔女なら起きないようなことばかり起きるのは、あなたの星回りね」


「私に与えられたものだから、私が育てたいなーと思いまして」


 そう言うと、グレイシアお姉様は「色々と気をつけるのよ」とだけ言った。


「精霊を怒らせたり《もう一つの森》に取り込まれたりする危険はあるけど、野宿そのものは平然とできる子だからね。旅をすることそのものは、あたしは好きにすればいいと思ってるよ――この子も三等級だ、本格的な独り立ちだしね」


 お師匠様はそう言ってから、私に「私が前にやった、魔法を載せた本は持ってきてる?」と聞いてきた。あの本のことだろうと思って出してみせると、「そうそう」と頷かれる。


「旅に出たくてソワソワしているようだし、今のうちにこいつの制限を緩めておくよ。三等級魔女に相応しい内容までを表示できるように……《制限解除、三等級》」


 お師匠様の言葉に、本のページがひとりでにめくれた。私に見ることが許されていた範囲より多い部分が、開けるようになっているのがわかる。差し出された本をめくると、後半は相変わらずニカワで固めたように動かない。それでも、読める範囲がかなり広がっていた。


「ありがとうございます、お師匠様! これで魔法の勉強、頑張ります!」


「よろしい、精進なさい。ただし、ヤバいと思うことがあったら、すぐに連絡をするように。精霊から何かもらったら、それも水晶で教えるんだよ」


 明らかに枝のことを引きずった言葉に、大人しく「はあい」と頷くしかなかった。グレイシアお姉様は静かにツボに入ったらしく、ぷるぷると笑いで震えている。

 こんな感じで回ろうと思っている、という道順の相談や、精霊との接し方の注意事項。正式な祝いは別だと言いながら、防御系の魔法をいくつかいただいて。お師匠様の家を辞した後、荷造りを少しすれば、もう旅に出る支度は万全だった。


「お師匠様は大体家におられて、修復師を頼りたい魔女が来るのを迎えていたけど……この旅が終わったら、遠出はあんまりしない方がいいのかしら」


 まとめた荷物をカバンに入れて、箒に乗って浮かび上がる刹那。眼下に収まろうとする我が家を見ながら、そんなことも考えた。今までは巡り合ったメルチ以外、私を頼って尋ねてきたような人はいない。三等級になることで変わるのかな、なんて思いながら、私はひとまず飛ぶことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る