第550話 リボン刺繍の魔女、妹弟子の名前を知る
無事に三等級に上がった妹弟子の本当の名前は、キーラであることを今日知った。短くて覚えやすい名前だと思う。それに、礼儀作法を色々と教えなくてはならなかった理由もわかった。
三等級になるまで、魔女の名前は秘匿される。見習いは完全に、四等級は部分的に、師匠たる魔女の庇護下に置かれるからだ。昔は三等級を取ってはじめて、独り立ちの許可が出ていた。魔女が増えたりした関係で、四等級でも師匠の近くなら別で暮らせるように決まりが変わっても、まだこの辺りの感覚は古い魔女には残っている。昇級に興味の薄い魔女も、三等級までは取っていることが大半だ。
「グレイシアお姉様、ルイス達の服、ありがとうございました」
「いいのよ、やっぱりよく似合ってるわね。この魔法、すごく好評だったの。広めたいって言われて頷いておいたから、そのうち組合の《ドール》服売り場や夜市に並ぶようになるわ」
「すごーい!」
これはあくまで刺繍の範囲なので、《飛行》の魔法を広めてしまえば様々な魔女が作ることができる。もちろん情報を囲い込んでしまうこともできるし、そうすれば儲けはたっぷりと流れ込んでくるけれど……そうしなかった。ガブリエラ様が未来予想図に見えてしまったからだ。いくら画期的な魔法を作り出せたからといって、それだけを作り続けるような日々はごめんだった。
「合格祝いに何か買ってあげたいけど、一応希望を聞いてからと思ってね。何がいい?」
「うーん……考えさせてください。今度旅に出るので、その途中で見つけるかも!」
もう一人のクロスステッチの魔女のことを、お母様はこの子に話したそうだ。なのに、まるで知らないかのように振る舞うのは、祝いの席だからだろうか。
「旅? どこに行ってくるの?」
やたらと足の軽いこの子は、あちこちに行っては土産を買ってきたり揉め事に巻き込まれていた。《裁縫鋏》と《裁きの魔女》との戦いを間近で見ることになって、それでもけろりとして帰ってきたから逸材なのかもしれない。何も考えてない可能性もあるけれど。
「ちょっと、《精霊溜まり》で採取したいものがあるんです。作りたいものがあって」
「くれぐれも精霊を怒らせないようにするんだよ」
もう一人と比べていた時期もあったけれど、違いすぎて比べられる要素の方が少ない二人目の妹弟子。この子の前途が血に濡れることなく、美しいものであるようにと祈りを込めて。
「グレイシアお姉様、あの、せっかく整えた髪がぐしゃぐしゃになります!」
「どうせ後は帰るだけじゃない」
頭をわしゃわしゃと撫でてやった。
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