第532話 クロスステッチの魔女、帰らされる

 落ちた枝なら問題ないだろう、と拾っている私の姿を、精霊達は興味深そうに見ていた。


「そんなに面白い?」


 くすくす、きゃらきゃら、うっふっふ。遠巻きにしている精霊達が、迷い込んだ珍しい生き物を見るような目をしていると感じたのは、間違いではないだろう。犬猫が家に迷い込んできたら、私だったらすぐ撫で回しに行くけれど……普通なら、遠巻きに見る。


『雪の子がね、あら、雪の子が探しているわ』


『入り口を開けてあげる?』


『迷い込んだ魔女の子も、返してやらないとねぇ』


 ふわふわと風の中に、葉蔭の中に何度か小さな輪郭が、見えては崩れていく。そのうちのひとつが私のすぐ近くまで近づいて、じいっと顔を覗き込まれている感じがした。


『落ちた枝なんて、どうするの?』


「魔女だもの、綺麗なものを作るのに使うわよ。でも、持って帰っちゃダメなら、置いていくわ」


 きゃらきゃらと笑い声。何かツボにでも、入ったらしい。軽く頰の産毛をそよがせる程度の風が吹いたかと思うと、私の腕の中に枝を押し付けるようにした。


「もらっていいの?」


『面白い魔女だから! これもあげる!』


 森のどこからか風が吹いてきて、一本の枝が私の腕にぶつかった。少し痛いけれど、善意なのでありがたく受け取ることにする。拾っていた枝とも感触がまるで違う――これは、完全に鉱物だ。真っ白い角に似た枝だけれど、もう一本と違って、表面がツヤツヤと光っていた。触っても植物の生々しさはない。先端についてる数枚の緑色の葉まで、すべてが鉱物だった。


「これ、大事なものじゃない……?」


『そなたは森を傷つけなかったから、記念じゃよ。それくらいの甲斐性がなけりゃあ、わしらの誇りに関わる。どれ、扉を開いてやろうかの。魔女と話すのは随分と久しぶりじゃが、名残惜しいうちに別れるのがよい』


 崩れそうな精霊の一人がやけに流暢に話したかと思うと、森の木々が飴をねじるように開けた。開けた奥は光に満ち溢れていて、見通すことはできない。その向こうへと、私は風に吹き飛ばされるようにして向かわされる。多分、この向こうに行けば帰れるのだろう。ルイスとアワユキとキャロルが、見えるような気がした。私を探し回る声を、聞いた気がした。腕の中の枝が、抱え直した拍子にカラコロと音を立てる。


「ありがとう! ここにはもうきっと、来られないけれど……辿り着ける気はしないけど……お世話になったわ!」


 視界が光に塗り潰される間際、精霊の微笑みが見えた気がした。

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