第531話 クロスステッチの魔女、森を調べる

 とりあえず、あてもなくうろうろと歩き回って疲れたので。私は広場を囲む、適当な木のひとつにもたれて座り、少し休憩していた。


(何かあったかしら、こういう森のお話……)


 風がそよぐこともない。ただ痛いほどの沈黙の中に、私の音だけがある。それを止ませてしまえば、森に取り込まれてしまうような気がした。そういうお話なら、聞いた記憶がある。森から抜け出す話は、なんだったか……。今更ながら水晶のことを思い出して取り出すも、波がどこかに通じる様子はなかった。水晶には、私の顔しか映らない。


「あれ? この木……」


 こうなったら、自分でなんとかするしかない。そう思った私が木の幹に触れると、なんだか妙な感触がかえってきた。植物を触っているような、感覚はない。それはひどく硬くて――先ほどの、結晶が生えていた木の様子と繋ぎ合わせて正体がわかる。


「ここの木は、木だけど、石でもあるのね」


 ミルドレッド様が喜びそうな場所だな、と思った。先ほど拾った枝の断面を観察してみると、中心が虹色の鉱物でキラキラとしている。植物の部分は表面から三分の一程度のようだった。多分、私がもたれている木はこれよりもっと鉱物が多いのだろう。そしてあの一際大きな木は、鉱物がさらに溢れ出した姿に違いない。


「結晶樹の森……がこんなことになってるだなんて、初めて聞いたわ」


 必死に教わった内容と物語から、知識を引っ張り出す。結晶樹は鉱物と植物の両方であり、先に木が育った内側で鉱物が育つ。だから、見た目は普通の木に見えていて、見つけるのは難しい。人里に近い木は伐採されて装飾品などにされてしまったから、今は人里からは離れたところにしかない。中身の結晶で亜種を分類すると聞いていたけれど、この虹色の石が何かはわからなかった。森のようになっていることも、それが異界にあることも、初めて聞く。

 よく目を凝らしてみると、薄くとろけた精霊達が木々の隙間で遊んでいるのが見えた。向こうに見えたということは、こちらが見られたということ。変なことにならないといいんだけど、と祈っていると、葉がこすれる音に混ざって精霊のささやきが聞こえていた。


『魔女の子よ』


『魔女の子だわ』


『雪の子の匂いがするわ』


 きゃらきゃら、くすくす、と笑いさざめく声。うまく見えないような、薄くてもろい存在の精霊がこんなにいるということは、ここは精霊の赤子か老人が集まる大切な場所なのだろう。アワユキなら、ここを知ってるのかもしれない。私を見つけてくれるといいんだけれど。

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