第530話 中古《ドール》、主を見失う
それには、三人とも同時に気がついた。
「マスター?」
「主様?」
「あるじさま?」
楽しく話しながら、お役に立てるよう採取をするために下を向いていた顔が、三人同時に上がる。僕が今の名前と心を手に入れた頃からあった、当たり前のようにあった何かが――なくなってしまった。そんな、嫌な予感がする。
「キャロル、これ……」
「あるじさまに、何かあったのかしら」
アワユキが矢のように飛び上がって、それからぐるぐる上空で回り始めた。僕達も同じ高さまで飛び上がり、マスターを探し始める。きっとなんでもない顔をして枝か石でも、拾っておられるはずだ。そう思いたかった。キャロルが僕より震えているように見えるのは、きっと冬のせいではないだろう。キャロルは僕が忘れている僕でできていて、この心細さの既視感が僕より強いはずだ。
「なんか変な感じなのー! 主様、ここにいるけどいないの!」
ぐるぐると回りながらそう話すアワユキに「どうしたの?」と詳しく聞いてみる。アワユキは僕たちと違って人間の心から生まれていないから、きっとこの辺りの感覚が違うのかもしれない。
「主様は森にいるのー、《もうひとつの森》なの! でも入口わかんないから、見つかんないの! 布切れの向こうに隠してある林檎の、匂いはしてる感じ!」
「……アワユキは林檎が好きだものね」
アワユキの例えとキャロルの言葉に、僕も少し気が緩むのを感じた。アワユキは林檎が特に好きで、放っておくと勝手に全部食べてしまうから、と、マスターが布にくるんで隠したりした時期もあったのだ。そうすると、アワユキには林檎が探せなくなったから。
マスターも同じような状態なら、《もうひとつの森》とやらが、彼女を隠してしまったのだろうか。どうやれば、マスターに会えるだろうかり当たり前にずっといると思っていた人を見失うのは、心が痛かった。太陽が消えたように心細くなるけれど、僕があんまり浮かない顔をしていたら、キャロルとアワユキも不安になってしまう。僕が、しっかりしないと。
「……マスターのことだから、きっとそこでも珍しい花や草を集めていますよ。だから、大丈夫に決まってます。ね?」
「そう、だよね。主様だもんね」
「アワユキ、その森への入り口が見つかったら教えてね。三人で固まって飛んで、もう少し探してみよう」
二人が頷く。僕達は互いの手を繋ぎ、まるで未知の場所を探索するかのようにして、ゆっくりと慣れた森を飛び始めた。
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