第517話 クロスステッチの魔女、筆記試験を終える
砂時計の砂が半分を切るあたりでも、私は問題を一巡できずにいた。前よりは読むのが早くなったとはいえ、多分、同じ机にいる魔女達よりは読むのが遅いだろう。見ることはできなかった。今回も不正防止の魔法として、私の視界に他の魔女や答案用紙が映らないようにされているからだ。かなり難しい魔法だと思う。
(とりあえず解けるものだけ解いてるけど……)
読むのが遅い私にとって、答えを考え込んでから次に行っては時間が足りなくなる可能性が高い。というのは四等級試験の勉強の時に、お師匠様に言われたことだった。だからわからないものは飛ばして、解けるものから解いて、少しでも点を稼ぐ。今回もそうしていたものの、どこまでできているかも怪しかった。とはいえ、一度書いた答えを振り返るのは一巡してからにする。筆記問題の綴りがあっているかも、確認し始めたらキリがないのはわかっていた。
わかるものだけ埋めた、最後の問題。これも、筆記問題だった。
『一条を破ることにどのような危険があるか、自分の言葉で説明しなさい』
魔女の一条。それは言うまでもなく、『魔法のために人を傷つけてはいけない』の掟のことだ。それを破って魔女組合や師から破門され、服に裁縫鋏を刺繍する魔女の姿を、私は知っている。その血と肉と脂から見出される、恐ろしく悍ましい魔法のことも。きっと、この中で私だけが。迷いつつも、答えはすぐに決まった。解答欄として用意された余白に押し込みきれるかは……書きながら考えるしかない。
(そういえば四等級試験の頃も、似たような問題があったなあ。あの時は『魔女の一条を下の三つから選びなさい』みたいな問題だったけれど)
そして間違って、試験結果と一緒に戻ってきた回答を見たお師匠様にはとても叱られたのだ。あの時は『魔法のために人を殺してはいけない』の方が正しいのではないかと見事に引っかかってしまった。殺すのはダメだけれど、傷つける時点でもうすでにダメなのだ。
『魔女の一条を破ることで、人間から私達が恐れられる危険があるから』
まず真っ先にこう書いたけれど、解答欄はもう少しある。なので、下に素直に思ったことを書き足した。
『《一条破り》の魔女は人を傷つけることを厭わず、むしろ傷つけることを楽しんでました。あんな魔女が増えれば、私に優しくしてくれた旅先の人達も魔女を警戒するでしょう。もしかしたら、優しい人達を他の魔女が材料にしてしまうかもしれません。どちらも嫌です』
もっと書きたいけど、それには隙間が足りなさそうだった。空欄をなんとか埋めていると、耳をつんざきそうな鐘の音がする。
「試験、やめ。羽ペンを置くように」
まだもう少し考えれば答えが分かりそうだったのに、と思いながら、私は大人しくペンを置いた。
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