第518話 クロスステッチの魔女、休憩時間に物思いする

(終わった……これ以上はどうしようもできない……)


 諦めなのか、達成感なのか、あるいはその両方なのか。いくつかの感情をぐちゃまぜにした感覚の中で、私はひとりでに飛んでいく羊皮紙と羽ペンと問題用紙を見ていた。それらは私の元へ来た時と同じように、ふわふわと飛んで、魔女の元へ集まる。紙類は丸まって色違いの籠へ収まり、羽ペンは花瓶へ。気づけばインク壺達も飛んでいって、こちらは布貼りの箱へと自分から収められていった。


「しばらく休憩の時間を取ってから、実技試験。その後は監督魔女との面談です」


 何人かの魔女の、呻く声が聞こえた気がする。実技試験は何をやるのか、ドキドキするというかゾクゾクするというか。図案の丸暗記はやらないとはいえ、自分が使うためではなく、人にあげるのでもなく、審査されるために魔法を作るのだ。緊張、しないわけがない。


「……あの、私の《ドール》とはいつ会えますか?」


「面談の後になります」


「うう、励まして欲しかった……」


(すごく、わかる!)


 名も知れぬ魔女の呟きに、多分、受験者の心がひとつになった。私も、ルイス達に励まして欲しかった。あと、筆記試験頑張ったことを労って欲しかった。後になって来るだなんて、もしかして、あの子達も試験を受けてるのかしら。そうだとしたら、ルイスとキャロルは賢いけどアワユキが心配だった。何より、三人とも、受験勉強なんて何もしてない!


(あの子達、大丈夫かしら……)


 ルイスとキャロルは虹核オパールな上、アワユキは実質ぬいぐるみだ。本当に面談のようなことをあの子達もしているなら、どう答えたものか迷ってしまっていることもありそうだと思う。虹核オパールのことを話してしまったりしたら、随分とびっくりさせてもしまいそうだ。

 そんなことをつらつらと考えていると、監督の魔女が砂時計を指差した。休憩時間は三十分と言われ、せめて少しでも心を落ち着けようと窓の外を眺めてみる。

 冬の短い日はもう落ちて、部屋の中にも外にも魔法の明かりが灯されていた。満月は丸く明るく輝いていて、試験が終わったら空を飛びたい、なんて考えが浮かんでくる。実技試験で何が待ち受けているかは、意識して考えないようにしていた。考えたくない。どうせ時間になれば考えさせられるのだから、今は他のことを考えていたい。

 しばらくずっと篭っていたから、外に出たい。今からニョルムルは、行ってる間に雪が溶けてしまうだろうけれど。冬の雪を踏んであてもなく歩き回り、飛びたかった。

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