第509話 クロスステッチの魔女、試験勉強をする

 石を磨く魔法には、しばらくハマった。魔法や読み書きの勉強をする傍らで、私は何度か、磨きがいのある魔力のない石を拾っては磨いていた。それらはおそらく宝石ではないけれど、私にとっては宝石と同じだった。ただ、綺麗なだけの石を集める行為は、なんだか久しぶりな気もする。


「試験は冬至の夜。季節はもうすぐ春の終わり……多分、呑気にしてるとあっという間だわ」


 一年で一番日の短い夜、は覚えやすい。夏至が過ぎて、日が短くなる度に、試験日も近づいてくることを恐れた四等級受験時の記憶はまだ鮮やかだった。


「まあ、勉強は私が自分で頑張るだけだからね。三人は近くの森に拾い物をしに行ったようだけれど、いいのはあった?」


 ルイス達は、三人で時折近所の森に出ていた。この辺りは魔女が沢山いるから、《ドール》だけで採取に出ても危険は薄い。とはいえ、本当に近場だけを許していた。川に落ちてしまっては大変だから、そこに立ち入らせなければ危険はまったくないほどの場所に。


「この石……また川辺に行ったでしょう? ダメだって言ったじゃない!」


「だって、綺麗な石がありそうだったから……」


 いくら空を飛べる子達だからとはいえ、私の目がないところでは危ないことをしてほしくないのだけれど。私を喜ばせたい一心なのだろう、たまにこういうことをした。私自身も気晴らしで採取に出るけれど、そういう時は三人ともとても楽しそうにしている。

 ある時は、三人で口元を紫にして帰ってきたことがあった。その手にはいつの間にか実ができていたらしい青紫色のベリーが包まれていて、「おいしかったから」私に持ち帰ってきたのだと笑った。アワユキは丸洗いになって、ベリーはしばらくパンと食べたりした後、残りをジャムにした。ジャム作りは砂糖を沢山使うから、魔女の間では定番だ。


「マスター、またちょっとお出かけしてきてもいいですか?」


「雲があるからね。雨が降ったら、雨宿りはちゃんとするのよ」


 こくりと頷いて出かけた三人を見送って、私は勉強に戻る。本の内容を書き写すことで、なんとか綴りを覚えようとする涙ぐましい努力は少しずつ身を結ぼうとしていた。おかげでもう一冊、写本ができそうなほどだ。書く速度も少しずつ上がっていて、成長を実感できることが嬉しかった。


「マスター、外は随分暑くなってきましたよ」


「撤退してきたのー」


「夕方にはあるじさまも、一緒にきましょうよ」


 そんな風に言いながら出かけた三人が戻ってきて、あっという間に夏が来た。

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