第504話 クロスステッチの魔女、文字のことを雑談する
「お師匠様は人間だった頃に、もう私が苦戦してるような読み書きはできるようになっておられたんですか?」
少なくなってきた紅茶のおかわりをもらいながらそう聞くと、私の書いた文字から顔を上げずにお師匠様は「そうだったかもねぇ」と答えられた。あまり、自信はなさそうだった。
「随分と昔のことだから、多分、としか言えないけれど。多分、そうだったわ。本を読むにも文章を書くにも、少なくとも困った記憶はない。そして悪いことに、どうやって身につけたかの記憶もない。昔すぎて」
やや苦そうな顔をしてそう言われるので、どうやら私が読み書きを習ったやり方はお師匠様の身につけた時のやり方ではないらしい。「そもそも、読み書きを教える必要のある弟子、というのがそんなにいないしね」とも言われた。だから刺繍と違って、教えるための方法は確立していないんだそうだ。大半の魔女になる女は、今の私より読み書きができる。そういう余裕のある女が、魔女の素質を花開かせやすいのだと。わかっていたことだった。
「そのうち、魔女文字も覚えたいです。古い魔法の但し書きにあるようなやつ!」
「魔女文字なんて言われてるのは、古い文字を忘れきれずに使い続けた名残でね。読めて書けた方がいいけれど、あんたはその前にまず、普通のエレンベルク中央文字からだよ」
「はーい」
「これができるようになってから、東方文字だろうと魔女文字だろうと好きに習うんだね」
赤い羽ペンでいくつかの文字の綴り間違いを直されて、私の紙が返ってきた。普通に問題ないと思っていた単語のいくつかも間違っていたけれど、想像していたよりはマシだった。
「他の言葉に興味を持つのは構わないし、むしろ、いいことなんだけれどね。その前に基礎になるものができていなければ、砂の上に塔を作ろうとするようなものだよ」
一生懸命想像してみるものの、なんとなく崩れそうとしかわからない。私の顔を見て、今ひとつ通じていないことはわかったのだろう。
「今度、砂の上に塔を建ててみてご覧。森の湖の側の、白砂でやれるはずだから」
「わかりました」
実際にやってみる方が、確かに早そうだ。今度湖の側に行く時のために、覚えておくことにした。あそこに行けば、川とは違う魚が獲れる。……パリパリに皮を焼いて、食べたくなってきた。今度のお夕飯はあれにしよう。
「まあ、思っていたよりはできてるね。やっぱり街に行ったりするのは、いい経験だったろう」
「そうですね、確かに」
ニョルムルを思い出して、私は頷いた。
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