第503話 クロスステッチの魔女、蜂蜜で休憩する
「……はい、そこまで。紙をお貸し」
幼い声が物語を語り終え、私がなんとか最後まで書き終えたところで、お師匠様はそう言って紙を回収していった。まだ少しドキドキしているけれど、まあうまく書けたと思う。
「クロスステッチの魔女、ルイス達とお茶をしていたんです。カップを出しますね」
そう言っている間にも、イースは大小のカップを勝手に出してきて紅茶を淹れていた。大きいのがふたつと、小さいのがひとつ。私とお師匠様、小さいのはステューの分だろう。熱い紅茶を注いで、小さな壺から小指の爪程度の量の蜂蜜を加えてもらう。蜂蜜入りのお茶は、そう頻繁に飲めるものではなかった。
「先日、蜂取りの魔女がうちの庭先に集まってた蜂を集めていってくれたんです。その時に、情報の礼だと蜂蜜を渡されました」
「あー……聞いたことある名前だわ」
砂糖菓子とは違う甘味のある紅茶を一口、口に含みながら私はぼんやりとその名前を思い出していた。蜂が好きな細工の一門の魔女で、春、蜂が新天地を目指す頃合いが一番忙しいと言われている魔女だ。琥珀蜂という魔法の蜂は、蜜を人間が口にすると命に関わる。魔法の植物の蜜を好んで集めているから、魔力をたっぷりと含んだ蜂蜜が取れる――魔女や《ドール》には最高の疲労回復薬になるけれど、人間には有害なほどに。
「『金色の羽に金色の足、羽音で歌う蜂の群れ、見つけたならば魔女を呼べ』って歌われてましたっけ。一度会ってみたいなあ」
節回しを思い出しながら歌うと、お師匠様も「そういやそんな歌が、人間の間に広まってたわねえ」と感想を述べていた。
「あの通りの寒村でも、旅の商人とかが歌ってましたね。見かけたら魔女に繋ぎを作るから教えてくれって。まあ、私がいた間は、そういうことはなかったんですけれど。魔力のある花も大してなさそうだったし、山の上だったからかしら」
「蜂によっては夏、花と一緒に山の上に行くこともあるらしいよ。だから、花だろうねえ」
蜂が欲しがるような花なんて、滅多に咲かない山だった。魔女になるために山を降りて、世界はもっと沢山の色に囲まれ、華やかであることを知った。あの灰色の村に蜂が来なかったことに、どこかで納得がある。
「……蜂って、三等級になって《庭》を広げてもらったら飼えますか?」
「なんだい、蜂蜜を作りたいのかい? 確かに糸に蜜蝋をこすりつけておくのは丈夫になるけれど……蜂をそれなりの数飼わないと、食べられるだけの蜂蜜は取れないらしいよ」
そんな話をしながら、午後は更けて行った。
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