第502話 中古《ドール》、ちょっとした秘密を共有する
僕はイースさんとキャロルとアワユキでお茶をしながら、マスターが一生懸命に字を書いている姿を見ていた。マスター達の邪魔をしないよう、声は抑えて。
「マスター、最近は色んなことを楽しそうにしています。楽しそうなのは前からでしたが、こう、より意欲的になってる、と言いますか」
「楽しそうだよねえ、主様」
「大変そうなことを楽しそうにできるのは、誰でもできることではきっとないもの」
こくこく、とアワユキやキャロルも賛同してくれるから、やっぱりそう見えるのだろう。イースさんは「あの子も成長しましたねえ」と嬉しそうに言って、小さな壺を取り出してきた。
「さ、三人とも、お茶のカップを出して。機嫌がいいから、いいものを飲ませてあげます」
ふふん、と誇らしげな顔をするということは、きっといいものなのだろう。そう思って僕がカップを差し出すと、二人もそうした。イースさんは小さな壺に小さなスプーンを入れて、とろりとした黄金色の液体を少し、僕達のカップに入れてくれた。混ぜるように言われたので、最初にお砂糖を混ぜるのに使ったスプーンでかき混ぜる。
「もしかして、これ、蜂蜜ですか」
魔女は誰でも砂糖菓子という、魔法で作れる甘味を持っている。だがそれ以外の甘いものが欲しいなら、買うしかない。というわけで砂糖菓子以外の甘いものはあまりマスターの家で出ることはなく、蜂蜜は僕も見たことがなかった。
「キラキラしてるー」
「飲んだらおいしいわね」
僕も飲んでみると、お砂糖とは違う甘さが口の中に広がった。うん、これはとってもおいしい。
「人間には口にさせてはいけない、琥珀蜜蜂の蜂蜜です。後でクロスステッチの魔女に飲ませるので、それまで内緒ですよ? ステューも拗ねますしね」
これはちょっとした秘密の共有だ。アルミラ様はこちらをちらりと見ただけで何も言わなかったから、お許しは取っているのだろう。僕達は唇に人差し指をあてる仕草をして(アワユキも頑張った)頷きあった。
「うちの庭……箱に入ってない方の庭に先日、蜂の群れが止まってしまいましてね。蜂取りの魔女に引き取ってもらったら、これをもらいました」
蜜蜂は季節になると、増えすぎた群れを分けるそうだ。新天地を求めて空を飛ぶとしてもずっと飛び通しで辿り着けるわけではなく、途中で休憩に降り立ったのがこの家の庭先だったらしい。蜂取りの魔女というのはあだ名で、本当は蜜蝋で細工をする魔女なのだそうだ。この時期は忙しいらしい。
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