第483話 クロスステッチの魔女、雨宿りする

 家と言って思いつくのが、自分で借りているあの小さな家になったことは、何気なく私を驚かした。あの家で暮らすようになって、まだ数年しか経っていない。物心ついた頃からいたあの寒村の家や、お師匠様の元で見習いとして修行をしたあの家の方が、過ごした時間は長いのに。でもこうやって遠出をした時、帰る場所は決まってあそこだった。


「ついでに森で花や草も摘んで帰りましょっか。みんな、手伝ってね」


「「「はーい」」」


 そんな風に一日、森に留まることもあった。天気や風が悪ければ空は飛べないから、そういう日は適当な洞窟なんかで一日を凌いだ。天気を変えるような魔法は使えないし、向かい風や雨が強い中を箒で突っ切るのは箒が壊れる危険がある。少々の雨と距離なら《雨除け》の魔法を使うところだけれど、まだ家は遠くにあった。とはいえ、体感だけど、ニョルムルよりは遠くない……と思う。


「この雨は、《雨除け》魔法でも難しそうだし……何より、雲の流れが早いわね。上の方は逆風が強く吹いてるから、今日は大人しくしてないと」


 その日も、空が飛べない天気だった。野宿を終えて途中まで飛んでいたのを取りやめ、地面に降りる。空には黒雲が早足で立ち込めていき、魔女も鳥も締め出していた。代わりに、雷が雲の中で飛び交っている。


「本格的に降ってくる前に、雨を凌げる場所を探さないと」


 私がそう言いながら急いで《探し》の魔法を刺し、雨風を凌げる場所を示す蝶がひらりと舞った。家への方角を示す鳥を一度畳んで、蝶の導きに従う。


「おんや、まあ! こんな天気に若い娘さんの旅は無茶じゃよ、小屋に入りなさい」


 蝶は、小さな小屋に数人の男が詰めていたところへ私を案内した。こんな天気ではお互い様ですもの、と言いながら、親切な彼らのお言葉に甘えて休ませてもらう。小屋に染み付く毛皮と血と泥の匂い――狩人が天候の急変や夜に備えて、いくつか建てている狩猟小屋のひとつだった。


「若い娘の顔だけれど、多分それなりに年上よ。魔女だもの」


 魔法で作った砂糖菓子と白パンを宿代代わりに渡すと、狩りたての鹿肉を煮込んだシチューを分けてもらえた。ルイス達にもひと匙ずつくれるあたり、いい人たちのようだ。


「魔女様、話を聞かせてくれないかね」


「この辺りは大きな街道から外れていて、旅人が来るのも少ない。娯楽に飢えているんだ」


「干し肉でどうですかね」


 その日は一日、色々と話し込んだ。狩人達はとても喜んで、翌日の別れ際に干し肉を本当にわけてくれた。

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