第482話 クロスステッチの魔女、家を目指す旅をする

「じゃあ、お世話になりました!」


「もう戻って来ないのよ」


「二百年くらいは顔を見せなくていいように頑張りなさいな」


 魔法の暴発も収まって、帰っていいとのお許しが出た次の日。私は荷物をまとめて、《裁きの魔女》の本部の前にいた。手が空いていたらしい《裁きの魔女》様お二人から、ものすごく実感のこもったことを言われて見送られる。とはいえ迷惑をかけてしまったのも事実なので、頭を下げて「皆様によろしくお伝えください」と丁寧に挨拶をした。

 それから《探し》の魔法で私の家の方角を示させると、距離が遠いので鳥になった。遠くに行ってしまわないように、リボンで私の手首に鳥を繋ぐ。半年ほど使えてなかった箒に跨がり、様子を見るためにゆっくりと浮かび上がった。いつものクッションには、《ドール》達がリボンで体を固定して座っている。ああ、地に足がつかない感覚は、この世で魔女にだけ許されたものだ。


「わーい! やったー、また空が飛べるだなんて!」


 喜びの声を上げて回転、上昇、下降を何度か試し、問題はないことを確認する。


「じゃあ、本当にお世話になりました!」


 ひらひらと手を振ってくれた《裁きの魔女》様方に頭を下げて、私は箒をさらなる空の上へと飛ばした。空の青いところへ、雲に爪先が触れるほど高いところへ。そう意識しながら高く高く飛んでいると、振り返って私の顔を見たルイスが嬉しそうに笑った。


「マスターがいつもの顔に戻られて、とてもよかったです」


「あら! やっぱりあるじさま、お空がお好きなんですのね」


「楽しいもんねー!」


「ええ、とっても楽しいわ!」


 私がそう言ってさらに高く飛ぶと、鳥の群れが鳴き交わしながら私の横を通り過ぎていった。それさえも懐かしく、魔法を取り戻したという実感に溢れている。私は魔女だ、美しいと思う心で魔法を使う者だ、そのために人間としての幸せを捨てた者だ!


「家に帰ったら、色んな魔法を作るわ! たくさん、たくさん! 三等級魔女試験の勉強もしないとだけどその前に、私が魔法を使いたいんだもの!」


 昼の間は空の上の、冷たい空気を切り裂いて飛ぶ。日が落ちれば、適当なところに野宿をして糧を少々集める。夜になれば、月と星を眺めながら眠りにつく。そして日が昇れば、また空を飛ぶ。思えば最初の頃は浮き上がるのにも苦労して、少し飛んだら息切れを起こしていたのに。今まで飛び続けた経験が、これだけの空の旅を私に可能にしていた。

 とはいえ、目的地を思えば大層な旅ではない。家に帰るだけだ。

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