第481話 クロスステッチの魔女、魔法を学び直す
呪いが解けて、私の世界に色が戻ってきた。とはいえ、それだけで外に出るお許しは出ず。魔法の肌感覚を取り戻すまで、大人しくここで勉強していろと言いつけられてしまった。
「ここなら暴発しても、簡単に抑え込めるから」
と言われて頷くしかなかったのだけれど、それが「対人戦闘に慣れた上級魔女が常に詰めているから」なのか、「この部屋にそういう魔法を封じる仕掛けがあるのか」は教えてもらえなかった。どちらでも、ありえそうな気がする。
「魔法が上手に使えないこと自体は、悲しいかな今更なんだけど……」
なんて愚痴りながら、《パン作り》の魔法を刺す。気分を上げるべく、グレイシアお姉様の図案の中にあった、ふわふわの白パンができる刺繍だ。白パンはおいしい。
「糸の始末をして、魔力を込めて……」
改めて、基本の基本に立ち返る。丁寧に刺繍をした自分の作品に、美しいと思うこと。それが『魔力を込める』という行為の本質。パンをふたつほど作りたいと思いながら、魔力を少し込めた。ぽこぽこ、と握り拳ほどの大きさの白パンがふたつ、刺繍の中心から生み出された。うん、ここまでは予定通り。問題はそこで止まらず、さらにパンができつつあることだ。とはいえ込められた魔力も沢山はない感覚があるので、少し置いておくことにする。
「おいしそうなパンができましたね」
そうね、とルイスに頷きながら、四個で止まった白パンのひとつを割ってみる。真っ白でふかふかで、とてもおいしそうなパンだった。これからの毎日のパン、これでいいかもしれない。ちゃんと作れたわけだし。
「二個作るだけのはずだったのに、倍の四個できちゃった……みんな、食べる?」
「食べたいです」
「あるじさまのパンですもの」
「アワユキも食べるー!」
きゃいきゃいと賑やかに手を上げる三人にひとつずつ渡して、私自身は今自分で割ったものを食べる。うん、おいしい。上等なパンはそれだけでおいしいのだ。バターもあるともちろんいいけど。
「マスター、これおいしいです」
「おいしいわね」
「好きー!」
よかった、好評だった。褒めてもらえると、やっぱり嬉しくてやる気になる。私の魔法は私が好きでやっていることだけれど、もう私の一部で、私が綺麗だと思うものを他の人にも好きになって欲しいのだ。久しぶりにまともに見える世界は何もかも綺麗で、暗い部屋から明るい外に出たばかりのように何もかも眩しい。一週間かけて目を慣らすことで、魔法の暴発は無事に収まった。
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