22章 クロスステッチの魔女の再訓練

第480話 クロスステッチの魔女、魔法を取り戻す

 くるりと部屋中を見回す。使っていたティーカップが、青く縁取られていたことを初めて知った。嬉しそうに私に抱きついてきた、《ドール》達の色彩が元通りによく見える。そんな些細なことが、こんなにも嬉しく感じるだなんて。


「よかった……ちゃんと色が、よく見えます!」


 私が喜びの声を上げていると、《裁きの魔女》様は「よかったわね」と微笑んでくださった。


「あっ! 早速、魔法を使ってもいいですか?」


「《砂糖菓子作り》を小さく作ってみて、ゆっくりカンを戻すなら」


 言われたらすぐに作りたくなって、裁縫箱を開ける。糸の色が、すべてよく見える。魔法でさない普通の刺繍さえして来なかったのは、簡単な話だ。色糸の区別がつかなくて、予定外の大事な糸を使ってしまうかもしれないからだ。


「ああ、この感触、久しぶり!」


 仕舞い込まれていた鋏が、糸が、針が、喜びの声を上げている気がする。数ヶ月離れていた間に、手が鈍っていたらどうしようかと思ったけれど……さすがにずっと作り続けていた《砂糖菓子作り》なら、危なげなく刺すことができた。最低限の小さな刺繍を、小さな布に刺していく。


「マスター、楽しそうですね」


「本当に。笑顔が戻ってよかったですわ」


「早く主様のお砂糖菓子が食べたーい!」


「ちょっと待ってね、今これで糸の始末をつけて……っと」


 パチン、と、糸切り鋏で糸の始末をして、私は早速魔力を込めてみた。自分の作ったものを、美しいと思う。何かを、美しいと思う。呪われた間にできなかったことを、たっぷりと!


「……ちょっと? クロスステッチの魔女! 作りすぎよ、止めなさい!」


「えっ……きゃあ!」


 焦った様子で声をかけられ、一瞬離れていた心を元に戻す。すると目の前には、もりもりと小粒の砂糖菓子が溢れ返る光景と、魔力を込めすぎて刺繍が壊れ、金色の炎を噴き上げている様子が広がっていた。慌てて刺繍から手を離し、魔力の供給を止める。刺繍は金色の炎の塊になってしまったけれど、とりあえず砂糖菓子がこれ以上出てくることは無くなった。


「張り切りすぎましたぁ……」


「うん、もうちょっとここにいて魔法の練習をしましょうか……」


 《ドール》達が久しぶりの私の砂糖菓子を喜んで食べている間、私は明日にでも作ろうとしていた刺繍のいくつかは取りやめることにした。真面目に後が怖い。だって、いつもより弱く魔力を込めただけのつもりだったのに、溢れ返ったのだ。炎や風を出す魔法なんて作ったら、事故の予感しかしなかった。

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