第479話 クロスステッチの魔女、呪いを解いてもらう
「満月を映し続け、月の光を蓄えた銀の水盤。月の夜に掘り出した魔銀を鍛えた針に、満月の夜に採取した月木犀の葉、魔力の色を消し切った生成の魔綿糸。呪われた魔女と、呪いを溜め込んだイラクサ編みのレース。必要なものは揃いました」
《裁きの魔女》様が私にそう言って、水盤に今夜の月が映るように位置を調整した。床に置かれた水盤の前に、促されて膝をつく。
「レースを外します、目を閉じて」
「はい」
目を閉じると、暗闇がやってくる。開けていいと言われた時が、呪いの解ける時なのだろうか。どんな儀式をしているのか、正直見たかった。けれど、目を閉じるようにと言われたから閉じていないといけない。
「イラクサに花を咲かせましょう。呪いを吸い上げた、大輪の花を」
視界が塞がれて鋭敏になった耳が、針仕事の音を捉えた。布に穴を開ける音がないから、おそらくはレースに対して刺繍をしているのだろう。しばらく、糸が擦れ合う音がする。
「水盤の水をかけますからね」
「はい、よろしくお願いします」
水が瞼の上をするりと流れていく、冷たい感触がした。水の量が少ないのは、木の葉に載せた水だからだろうか。左右の瞼に一滴ずつ、水が垂れた。
「穢れた呪いに曇りし眼、清らかなる水で拭い去らん」
低くまじないの言葉が呟かれるのを、私はじっと聞いていた。水が垂れて水盤に戻る、雫の音。何かが水の上に乗る音。
「さあ、目を開けてみて」
ゆっくりと目を開けてみると、私の目を覗き込んだ《裁きの魔女》様が「瞳の色、青に戻っているわ」と声をかけてくれた。嬉しくなって水盤を覗き込むと、私の瞳が元の見慣れた青色に戻っているのが見える。水面には、今まで私の目を覆っていたレースもあった。茨の模様をしていたと記憶していたそれに、いくつもいくつも花が咲いていた。中心が赤くて、外側が白い花――そう思っていた側から、花に赤い色が増えていく。垂らした血が滲むように、花が赤くなっていく。
《裁きの魔女》様は全ての花が真っ赤になるまで、見守っていた。私も言葉もなく、じっとそれを見ている。やがて花がすべて赤くなり、最初から赤い糸で刺繍をしたかのようになると、《裁きの魔女》様はその上に赤い糸を用意してくるりと囲んだ。そこに魔力が込められると、レースが炎を上げて燃え上がる。魔法が壊れて燃える時の金色ではなく、ゾッするほどの赤い炎。水の上にあるのに、短時間であっという間にレースは燃え尽きる。
「さあ、これで呪いは解けたわ。魔法を使ってご覧なさい」
私の世界に、色が戻ってきた。
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