第473話 クロスステッチの魔女、春の花を見る
春。本来であれば色とりどりの花を見て美しいと思い、冬を無事に越えたことに感謝し、保存食を全部食べてしまったりしてお祝いをする頃合い。肌感覚としてはそれなりの頃合いだと言うのに、残念ながら私の視界は相変わらず色褪せていた。
「春は冬の名残で、まだ色が薄いからよくわからないんだろうね。夏には見分けやすい花も咲くけれど、多分、その前には呪いも解けるだろうよ」
「そうだといいんですけれど」
お師匠様は私が落ち着いているからと、時折顔を出すだけになった。あの時の戦闘で破損してしまった、《裁きの魔女》様の《ドール》を直しているのだという。グレイシアお姉様を呼ぼうか、などと仰っていたけれど、ひとりで留守番のできない子供のような扱いが少しおかしかった。弟子入りして二十と数年程度では、まだまだ子供扱いなのだろう。そういえば私は、お師匠様が何歳か知らない。魔女に年を聞くだなんて、無意味だけれど。
「今度来る時は、チェリーのジャムを持ってくるよ」
「やったあ、ありがとうございます!」
そんな話をしながらお師匠様を見送っても、私の視界にチェリーのあの花の色はわからなかった。窓から見える範囲では咲いていないのだろうかと思っていたけれど、いつも来てくださる《裁きの魔女》様によると、この部屋の窓からも数本見えるらしい。
「あなたの目には、木々はどう見えているの?」
「白っぽい木と黒っぽい木、にほんのり葉っぱの緑が乗ってる感じ、でしょうか……あれですよね。チェリーの木は、もう全部真っ白です」
薄桃色は私の目に映らないけれど、言われてみると見分けることはできた。他の木と違って、葉っぱのほとんど黒い色がない木が数本ある。チェリーの木は花が散ってから葉がつくから、黒がないのだろう。
「大変な目ねぇ……」
「依頼は特に受けてなくて、やらないといけないことが溜まってなくて本当によかったです」
いついつまでにこれを作らないといけない、という魔女組合からの依頼を受けていなかったのは、たまたまだった。旅先である場所柄と四等級で受けられることを条件にして、受けられる依頼はないと言われてしまった後だったのだ。これは本当に、幸運だった。
「糸を紡いだり機織りを少しするくらいならできるかもしれないんですけど、どれがどの糸や綿か見分けが全くつかなくて……」
「それは事故の元だから、大人しく本を読んでなさいな」
ものすごく真顔で言われたのはわかった。
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