第472話 クロスステッチの魔女、春を迎える

 《裁きの魔女》の本部といっても、私が何か大きな騒ぎを感知できるようなことはないまま、日々は過ぎた。


「ここって、もっとせわしない場所だと思ってました」


「三十年もしないで二回もここに来てる、キーラがおかしいのよ。普通、何事もなく善く生きていれば、百年経っても二百年経ってもここには呼ばれないから……後はまあ、防音の魔法があちこちにあって、《秘密守り》とかも働いてるから、声が漏れてこないのよ。例え裏で大騒動が起きていたとしても、表立っては平穏なはずよ――ここが騒がしいのは、それだけ魔女全体にとって良くないことが起きている証だもの」


 ちょっとぐさっと来ることをお師匠様に言われたりもしつつ、魔法の勉強はそれなりに捗った。呪われた身の上で実際に作ることはできないから、普通の布に普通の糸で刺しながら習う。糸の始末を見栄え良くやるやり方、解く時のコツ、そう言ったものが少しずつでも上達する感覚があった。


「早く、呪いが解けるといいですね。僕達も、マスターの砂糖菓子が恋しいです」


「嬉しいことを言ってくれるわ、ルイス。今は《裁きの魔女》様やお師匠様がくれる、透明な砂糖菓子だものね」


 魔女の魔力の色を消して作る、誰でも食べられる砂糖菓子。私のそれより魔力が豊富に含まれて味もいいものを――ひとつ紅茶に入れて飲んでみたのだ、甘くて美味しかった――食べさせてもらえているのに、私のまだ拙さの残る砂糖菓子の方がいいと言われる。魔女として、これに並ぶほど嬉しいことはきっとそうないだろうと思えた。


「でもこの素敵なレース型のお砂糖、どうやって作るのかしら……」


「自分でお探し。これだけの魔法を客用の紅茶ひとつに用意できるほど魔法と贅と美意識にや溢れている、というのを示す権威付けさ。王宮が豪華なのと、理屈は大して変わらない」


「勉強になります」


 建物や内装が凝っていたり、華美というわけではない代わりに、こういうところで凝るらしい。何故ならここは、すべての魔女を裁く魔女達の城。どんな罪を犯した魔女も、その魔法を破り捩じ伏せるだけの美しさが必要なのだ。そんな話を教えてもらいながら、私はレースのドイリー状に固められた砂糖をティーカップに落とし、溶ける様子を眺めていた。


「いつの間にか、春になってしまいました。この目では春の花々を十全に見ることができないけれど、魔女の肌感覚でも暖かくなってますから、春ですよね?」


「そうねぇ。ニョルムルには、また来年行けばいいじゃない」


 ゆるやかに、午後が過ぎていく。

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