第463話 クロスステッチの魔女、水晶の思い出話をする

 さて、困ったことになった。魔女なのに魔法がほとんど使えず――しっかり休んで魔力を回復させた後でも、褪せた視界では魔法がうまく働かない――、この部屋で大人しくするしかなくなっている。


「本でも読むしかないかあ……魔法が使えないって、変な感じ」


 何せ、基礎の基礎である、砂糖菓子やパンを作ることさえできていないのだ。できなくはないけれど、とても疲れる。おかげで、壊れてしまった身を守る魔法を作り直すなんて、夢のまた夢だった。


「まさか、水晶も使えなくなるだなんて……」


 魔女の水晶。魔法がある程度使えて一人での行動を許されるようになった頃に手に入れた、宝物。中に緑の苔のようなものを内包した庭水晶ガーデンクォーツは、魔女の修行を始めてから最初に手に入れた『自分だけのもの』だった。別にいじめられていたとかではなく、当時は前の弟子や養母のお下がりばかりだったから。

 連絡に使うための水晶は、見習い魔女が自らの手足で見つけて掘り出さなくてはならない。師が相応しい満月の夜を占い、弟子は初めて夜の独り歩きを許される。私の場合は角灯ランタンひとつと自衛用の魔法を持たされて、夜の森に放り出された。


「マスター、この水晶はマスターのお気に入りなんですか?」


「ええ。これは当時の生活の中で、というか生まれて初めての、『自分だけのもの』だったからね」


 水晶を手で弄んでも、波は感じない。そのままの素の水晶を見るのは久しぶりで、けれど私の視界では中の苔が枯れたような色合いになっていた。本当の苔ではないから、枯れるわけもないのに。

 私は《ドール》達に、この石を拾った時の思い出を話した。夜の森を半泣きになりそうな状態で歩き回って、自衛用に石も拾って、よくわかっていないまま私の水晶を探した。月が高くなって、その光で案外明るいと気付いても、どう探していいかわからず困っていた時に――それは、私の前に現れた。


「満月の明るい光に照らされて、私が角灯ランタンを向けるまでもなく、特別だと思った。最初はね、苔の上に生えた水晶だと思ったの。透明で、後ろの苔が透けているのかなって。けれど、実際は中に苔があったから驚いたわ――見た瞬間、これだって思って、その後は魔法の道案内で帰ったの」


 明るいところでよく照らしてみたら、それは苔のように別の石を内包した庭水晶ガーデンクォーツだった。拾った時には自然のままだったこの石にお師匠様が魔法を刻んでくださって、私の水晶になったのだ。

 水晶にルイスの顔が映り込む。それもまた、少し褪せていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る