第455話 クロスステッチの魔女、助けられる

 現れた《裁きの魔女》様は、私と赤い魔女にちらりと目をやったかと思うと何かを投げて来た。正体を目で追いかけるより早く、魔法が発動した。七色に輝く糸状の光が私の周囲をくるりと取り囲み、少し痛いほど締め付けてくる。


「なんですかこれぇっ!?」


「元は罪人捕縛用の、《状態保護》の魔法だから我慢なさい」


「ひゃいっ」


 大人しく黙ることにする。赤い魔女の相手は、私から《裁きの魔女》様に変わっていた。赤い魔女は帽子の下で微笑み、「《裁きの魔女》様が湯治かしら?」なんてうそぶいている。


「仕事に決まっているじゃない」


 不意に、赤い魔女の身体がかしいだ。黒い影が彼女に一撃を入れ、自分の主であろう《裁きの魔女》様の元へ戻る。大きな斧槍ハルバードを携えた、顔のわからない……おそらく男性型の《ドール》だった。

 赤い魔女が真っ赤な布を取り出して魔法にしようとするのを、何かが切り裂く。さらに赤いドレスの端も、同時に斬られたようで宙に舞った。


「まあ! 魔法を見てもくれないだなんて、無粋な人だこと!」


「それが仕事だもの」


 私はつい、そんな《裁きの魔女》様に向かって声を上げてしまった。


「《裁きの魔女》様! そいつ、私にやたらと綺麗かどうか聞いて来てました!」


「そう。どう思った?」


「どんなに緻密な作品でも、材料が気持ち悪過ぎて無理です!!」


「よろしい」


 本音を一切包み隠さずに話すと、《裁きの魔女》様が笑った気がした。私に背中を向けていて顔は見えなかったけれど、そんな気がしたのだ。対する赤い魔女は、怒っているのが見える。


「せっかく、若い子に本当の美しさを教えてあげようとしただけなのに! やんなっちゃうわ、やんなっちゃう! ……はあ」


 ため息をひとつついて、赤い魔女の雰囲気が変わった。鮮やかに赤かったドレスが、流れて時間の経った血のように赤黒くなっていく。――というより、本当に血で染めていてもおかしくない。


「あたしは《裁縫鋏》が一、血染めの魔女ソーニャ」


「大魔女ターリア様の鋏、《裁きの魔女》が一。罪人へ名乗る名はない」


 二人はまるで古い物語のように名乗り合ったかと思うと、先に動いたのは《裁きの魔女》様とその《ドール》だった。先陣切って突っ込む《ドール》の後ろから、今度は編み物が広げられる。それはあたり一帯の地面を、重ねた布の上のように柔らかくする魔法だったらしい。たたらを踏んだ赤い魔女が、髪の毛を編んだらしいものを広げると宙に向かって飛び上がった。

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