第454話 クロスステッチの魔女、助けに来てもらう

 相変わらず、嫌味なほどに赤い魔女は私の魔法を受けても何も起きなかった。攻撃の魔法も、色を変えたりする魔法も投げつけてみたのに、だ。ムカつく!


(と、いうか、来るって聞いてたお師匠様達が来ないんだけど……!?)


 流石に私のことを見捨てはしないだろう、という思いはあるけれど、『何かあったらすぐ駆けつけるから』という言葉と、《虚ろ繋ぎの扉》が来ない現実との間で不安は消しきれなかった。好意的に考えるのなら、人が多い温泉街のはずなのに誰にも会わないから、人払いと一緒に扉を封じる魔法がある、とかなのだろうけれど――


(お守りや防御の魔法が少しずつ壊れてるから、いつまでも渡り合えないし早く助けて!)


 口にしたら彼女を付け上がらせるだけなので言わないけれど、内心では結構必死だった。何かの粉を撒いたところから炎が出て来たり、洗脳させてきそうな魔法に目を閉じたりしながらやり過ごす。赤い魔女が私を殺したいだけなら、多分、やろうと思えばいつでも出来た。もっと強そうな魔法が、いつでもあのカバンから出てくるだろうと言うのはなんとなくわかる。


「ほら、ほら、これも綺麗でしょう?」


「趣味悪過ぎ!!」


 なんとか凌げているのは、多分、彼女の目的が私を単に打ち倒すのではなく、彼女の魔法を綺麗だと思わせることだからだった。確かに彩色は鮮やかだとか、緻密に織り上げられているとか、そういう風に揺らぎそうになる心を必死に抑える。綺麗だと魅入られてしまえば、私は『クロスステッチの魔女』ではいられなくなるから。だから悪趣味で綺麗ではないと、相手を怒らせるとわかっていながら叫ぶしかなかった。ルイスとキャロルがカバンの中で震えているのがわかる。早くなんとかして、二人を落ち着かせてあげないと。そう思いながら、さらなる魔法を漁ってカバンに手を入れようとした時、それは起きた。

 直前の攻撃で砕けた腕輪型のお守りの、キラキラした貝殻の光が私の腕に残っていた。何かに導かれるようにして、腕を空へ伸ばす。お守りの光が私の腕から空の方への移動して、集まって――見覚えのある、光になった。


「《虚ろ繋ぎの扉》!」


「あら、親鳥の登場かしら」


「私のお師匠様なら、親鳥じゃなくて親熊なんだから!」


 そんなことを言っていると、完全に《虚ろ繋ぎの扉》が現れた。それは、お師匠様の《扉》ではないとわかる――扉は刺繍ではなく、糸でできていた。


「クロスステッチの四等級魔女、生きてます?」


 《裁きの魔女》の姿に、赤い魔女は目に見えて顔を歪めた。

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