第451話 クロスステッチの魔女、出くわす

 私が宝石のボタンを預かってもらい、気を抜いていた頃にその事態は起きた。お師匠様は別に宿を取り、私は魔法の勉強をしながら日々を過ごしていた時のことだ。


「マスター、今日は何を作るんですか?」


「この染料で糸を染めてみて、それで決めようかなぁ。綺麗な色になるらしいとはいえ、これ自体は魔法はないからね」


 冬の寒さが一番辛い時期が近づき、日の光はますます短くなろうと言う頃合いだった。近いうちに冬至になるから、その日はニョルムルの風習で少し特別な催しをするとマルヤに言われたのが、今朝のこと。年越しも近づいてきていて、マルヤは忙しそうだった。私も手伝おうかと思ったのだけれど、『お客様のお手を煩わせるなんてできません』の一言で断られていた。なので、袋の中身は主に自分の買ってきたものばかりだ。染料に様々な糸、綿、布をいくつか。染料の色が良ければ、私自身の服を仕立てるのにも使いたい。


「あるじさま、宿に帰ったらお茶を淹れますわね」


「あのおいしかったお茶菓子食べよー?」


「それも素敵だわ、キャロル、アワユキ」


 そんな他愛のない会話をしながら角を曲がろうとした時――私の身につけていた《身の護り》やお守り達が、一斉に反応した。震えて、何かに備えているのがわかる。

 私も《ドール》達をカバンに突っ込み、代わりに護身用に作っておいた魔法に手を伸ばした。


 まず、周囲から人の声と影がなくなる。まったくないわけではないのだけれど、ひどく遠いところから、微かに聞こえてくるだけになった。私の足元と空を、毒々しい赤いリボンが囲んでいる。おそらく、結界の一種だ――嫌な赤色だった。そして、リボンに気を取られている間に、目の前にその女はいた。


 顔が影になって見えない、つばの広い赤い帽子。そこから溢れる髪の毛は赤く長く、毒々しいほどに赤いドレスを着て小さなハンドバックを持っていた。まるで、これからどこかのパーティーに出る貴婦人のようだ。けれどただの女ではないことは、彼女の服に刺繍された《裁縫鋏に絡みついた蛇》の模様が、只の女ではないことを雄弁に語っていた。


「私に、何か用です?」


 お互いに手はカバンの中にある。そこから繰り出す魔法は何かで、私やニョルムルの安全が決まる。女はにっこりと笑うだけで何も言わずに、私に赤い糸で作られた鳥をけしかけてきた。お守りのひとつが鳥と一緒に壊れ、鈴の音を鳴らす。何かあった時に、急を告げるものだったはずだ。私はカバンから、自分でも扱える攻撃魔法を手に取った。

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