第443話 クロスステッチの魔女、襲撃される
それは、ある日の夜のことだった。最近は忙しく魔法を使ったりしていたのがひと段落ついて、ゆっくりしようかとしていた月のない夜のこと。
私はその時、中庭を歩いていた。新鮮な水を汲んで、糸を染めるのに使うつもりだった。
「……ッ!」
身につけていた、《身の護り》の魔法が反応した。ふるりと震えて、輪の一つにヒビが入る。同時に、私の背中に何かが触れる感触。落ちたそれを拾い上げると、暗闇で見えづらいように黒く塗られたナイフだった。
「マスター、これ……っ!」
ルイスの慌てた声を聞かなくても、誰かに刺されようとしたのだろう、とわかる。本来ならこの投げナイフは、私の背中の肉を貫くために投げられたものだ。魔法の手応えを感じられたのは嬉しいけれど、色々とドキドキするので勘弁して欲しい。というか、どうして私が狙われたのだろう?
「狙ったところで何の利点もないはず、よねぇ」
そう呟いていると、また魔法が発動してナイフが体に当たる感触がある。二つ目だったらしい。それも魔法に阻まれ、チクリとも痛みを感じることはなかった。ちゃんと使った魔法は、やっぱりそれなりに強い。魔女に対して襲い掛かるには、《魔法破り》の魔法という矛盾したものが必要だと言われる理由も、身を持って理解した。
「誰か知らないけど、出てらっしゃい。私は優しいから、ちゃんと話してくれるなら酷いことはしないわ」
私がそう闇の中へ声をかけてみると、ざざっと木の枝をかき分けて何人かのの男が出てきた。皆、黒装束で、口元を布で隠している。年恰好もわかりづらく、明るい色合いの髪でないこと程度しか自信を持って言えなかった。
「……その首飾り、魔女か」
「そうよ。魔女以外が、これを騙れるとでも思っているの?」
「……人違いだったようだ、謝罪を」
年長らしい男の方が頭を下げてそう言って、私はその姿に少し毒気を抜かれた。魔女の首飾りは偽れるものではないし、当の魔女以外が首からかけることもできない。そんなものを首にしている以上、私が魔女であるのは揺るぎない事実として目に見えるものであった。
「しかし魔女も殺せるという触れ込みの毒を塗っておいたのに、刺さってもなければ毒が効いた様子もないとは……普段であれば、必殺の一撃なのだが。やはり、魔女は敵に回すものではないな」
「お頭、どうします?」
年若い部下らしい男の言葉に、お頭と呼ばれた年長者は「別の手を考えるさ」とだけ言った。
「ちょっとあなた達、そもそもなんで……!」
「では」
彼らは私の言葉に応えることなく、魔法ではなく技術であっさりと消えていった。
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