第442話 クロスステッチの魔女、宴の後始末をする
あれはなんだったのかしら、と思いながら冷えきった水を飲む。魔法で自分の正体を隠したいだなんて、何か事情のあることには首も突っ込みづらかった。
「……とりあえず、もど……あら、落とし物かしら」
明らかに高価な宝石製のボタンがひとつ、外套さんの去った後に落ちていた。夜の月明かりの元では何の石かよくわからないので、とりあえず懐にしまい込む。後でマルヤ経由で返そうと思って、私はひとまずカリラの元に戻った。
「おかえりなさい、魔女様〜」
けらけら笑ったカリラにまた酒を注がれ、一度拭われた酔いが復活する。その夜はくだらない会話と、調子外れの歌と、おいしいお酒とおつまみで楽しく更けていった。
「あー……飲みすぎた……」
「カリラさんの蜂蜜酒を一壺飲んだ後、さらにマルヤさんにお酒を頼んでいたからですよ、マスター」
カリラは二日酔いで唸っていたけれど、私は元気にお茶を飲んでいた。人間だった頃にお酒を飲んだ記憶はないけれど、飲んだ覚えのあるお師匠様いわく、魔女になると酒を飲める量も増えるのだという。
「まあ、でも、たまにはこんなのも楽しいわよね」
「楽しそうではありましたね、あるじさま」
「ずーっとニコニコしてたもんね!」
横からキャロルやアワユキにもそう言われながら、私はカリラの様子を見ていた。大丈夫ではなさそうなら、マルヤに頼んだりする必要があるからだ。吐き気はないようだけれど、私に付き合ってたくさん飲んだ分、頭痛はひどいようだった。これから人間と飲むときは気をつけたほうがよさそうだ。
「魔女様〜、二日酔いを止める魔法とかは……」
「残念ながら、ないのよねぇ。お茶いる?」
「飲みまぁす……」
酔い覚ましにいいと昔から言われている、空色檸檬の皮を乾燥させたものを茶葉に混ぜた紅茶をカリラにも注いであげることにした。ほんのりとした酸味が、酔いの残る頭に効く――らしい。幸か不幸か、私はそこまで酔ったことがないから、実際の効き目はよくわからないけれど。
「そういえばマスター、何かをマルヤさんに渡すと言っていたのにすっかりお忘れになってしまいましたね。まあ、僕も今思い出したんですけれど」
「あ。そういえば、そうだったわね。ありがとうルイス、後でマルヤに今度こそ見せなきゃ。今はカリラが落ち着くのを見てないと」
……などと言うのは、忘れるものと相場が決まっているもので。結局、私はあの宝石のボタンを懐に入れたまま、しばらくの間は存在ごと綺麗に忘れてしまうのであった。
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