第440話 クロスステッチの魔女、部屋に招いて酒を飲む

「魔女様、いいお酒が手に入ったんだけれどどうだい?」


 カリラにそうお誘いを受けたのは、その日の夜のことだった。私は《破裂》をいくつか作り上げ、それなりに有意義な時間を過ごせたと思っている。


「是非! お腹もぺこぺこなの、何か食べられるものを頼まなくっちゃ」


 私がそう言って立ち上がると、「おなかすいたー」とアワユキ達も賛同した。私の部屋に入ってみたいというので、慌てて片付ける。


「あるじさま、このあたりの魔法はどうなさいますの?」


「全部カバンに入れておいて!」


「マスター、糸、すべてしまっておきました!」


「ありがとー!」


 次の糸を染めるのに煮ていた小鍋だけはしまえず、そのままカリラを招き入れることになった。


「魔女様の部屋、思ってたより何もないなぁ。いろんな魔法の道具が見られるかも、なんて思ってたんだけれど」


「魔法として危ないものと、単純に危ないものがあるからしまっちゃったのよ。怪我なんてさせたら、お師匠様に怒られちゃう」


 カリラが薪もないのに沸いている小鍋を触りそうになったのを止めつつ、机に二人分のお酒の支度を整えた。上等な蜂蜜酒が一壺に、木の酒盃が二つ、それからおつまみにチーズの切ったのを乗せたお皿。


「薪もないのに温まる、これが『魔女の焚き付け』かあ……実物を見たのは初めてかも」


「長く火をつけたかったら、結局薪に熱を移して普通に燃やすのが一番なんだけれどね。こういう、煙を出したくないところとかには重宝しているわ」


 布団くらい大きな布一面に刺繍をしたら、夜通し暖炉の火を燃やせるかもしれない。けれどそこまで魔法でしようとするよりは、圧倒的によく乾かした薪の方が速くて確実だった。


「それでも、魔女様の魔法は、あたしらにはできないことばかりですからねぇ」


 カリラが注いでくれたお酒を飲む。甘くてとろりとした感触がある、好きな味だった。


「ちなみに、あの小鍋には何が?」


「あれは糸を染めるためのものよ。その前に一度煮て、水を通しておくと次の染料がよく染まるの。糸に色ムラがなければ、魔法もよくかかるからね」


 下準備も大事なことなのだ。小鍋には何かせもの糸が沈んでいて、これから何色になるかを夢見ながら泡にユラユラと揺れていた。


「マルヤがパンもシチューも、どっさり出してくれるって。魔女様、作業しすぎて食べてなかったでしょう、って言ってましたよ」


「その通りなのよね。だから沢山食べて沢山飲むわよー!」


 そう言って私はカリラと改めて、乾杯をした。

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