第438話 クロスステッチの魔女、備えてみる
気持ちのいいお風呂とおいしい夕食で一息ついたところで、私は魔法を作る準備を整え始めた。綺麗にしたテーブルの上に裁縫箱と素材と本を広げて、何を作るかを考える。
「備えと薪はあればあるほどいい、というものね。上級の魔女様方が主に動かれるとはいえ、一応備えの魔法は用意しておきましょうか」
「何を作るんですか?」
「私が作れる中で一番強そうなの」
まずはお師匠様からいただいている本を開いて、私が見られるギリギリのところをめくった。強そうで複雑な魔法な上に、手元にない素材が必要だったのでひとつ戻る。取り急ぎ魔法を作るには、『今あるもので作れること』という大切な条件があった。いくら《夜目》のヴェールがあるとはいえ、夜中では摘む花を見分けるのも難しい。夜でないと採れない素材も、ニョルムルの外に足を伸ばすとなるとはっきり言って億劫だった。だって夕食は食べちゃったし、お風呂も入っちゃったし。
「今ある範囲でー……今ある範囲でできる魔法ー……なるべく強くてどかーんってなる奴……」
こんな基準で魔法を探してると知ったらまたお師匠様には叱られそうだけど、お守りが欲しい怖がりな弟子の心に免じて許してほしい。
「あ! これならよさそう!」
「いい魔法が見つかったんですか?」
私がテーブルに広げてめくる羊皮紙を眺めていたルイス達が覗き込みに来たので、「ほらこれ」と魔法のひとつを指差した。大きな字で《破裂》と書いてある。
「大きな布にモチーフを広げれば広げるほど、より大きく破裂します、ですって!」
「とりあえず普通の大きさで作ってみて、それから大きくしましょうよ」
ルイスの言葉に大きな布を探す手を止めて、お手本にある手のひら大の布を出した。また織らないと心もとないけれど、このあたりで織り機を貸してくれるところはあるかしら。
「手のひら大の布いっぱいに刺繍かー、夜の間には作りたいかな」
そんなことを呟きながら、指定された糸を針に通す。布を折って決めた中心点に、図案の通りに針を刺し始めた。
緑色の違う蔓草模様が絡み合い、模様になる。いくつかの赤い花が咲いたその刺繍ができたのは、夜がしらじらと明けていた頃だった。私の手を見守り、時折お茶を淹れたりしてくれていたルイス達は机の上で寝ている。
「……本当なら、ここでお茶があることに気づいて冷めきったのを飲むくらいが、魔女なんだろうけどなぁ」
そんな苦笑が漏れた。お師匠様の元にいた時、集中している彼女へ淹れたお茶は、冷めきった後に本人に気づかれるのが常だったから。
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