21章 クロスステッチの魔女と悪い魔女
第437話 クロスステッチの魔女、宿屋で一息つく
しっかりと外套をまきつけていても冬空は寒く、吐く息を白くさせながらニョルムルへの道を戻った。宿屋の前は降りるには混み行っているので、少し離れたところに箒を下ろす。そうすると夜でも歩けるように灯りを灯された街は外れでも眩しかったので、慌てて《夜目》の魔法が編まれたヴェールを取った。後日、返しにいかなくては。
「うぅ、まだ目がチカチカする……」
「あるじさま、大丈夫ー?」
襟巻きのように巻きついてくる感触は、アワユキのもの。目のあたりを抑えている手に伸びる手はルイスの方で、服の裾を掴んでいるのはキャロルの方だ。皆、大きさもバラバラだから、こういう時に感触ですぐわかる。
「うん、大丈夫よー……」
なんとか目が戻ってきて立ち上がると、何人かの人がちらちらとこちらを見ていることに気がついた。ガラの悪そうな男も多く歩いているが、こちらに興味を向けた男には別の誰かが空を指差していた。魔女だ、と説明でもしているのだろう。
「よし、帰りましょっか。宿屋でお風呂に入りたいわ」
そう言って三人をはぐれないようカバンに入れて、魔法で宿屋へと導く蝶と共に歩く。この辺りは屋根を貸すだけの一番安い宿と、そこの客向けに物を売る店と、沢山の人々で賑わっていた。物珍しげな様子でこちらを指差す、建物の中の女達は皆、赤い造花の髪飾りをしていた。やっぱり、こういう場所にはそういう女の用向きも絶えないのだろう。本人達が楽しそうに笑ってる声だけが降ってくる中、物盗りも多いという通りを足早に歩いた。幸か不幸か、話しかけてくる人はいなかった。
「ただいまー、お夕飯は食べられる?」
「あら、おかえりなさいませ。ご用意できますよ」
宿に戻って真っ先に聞くと、マルヤがお玉を片手に顔を出してそう答えてくれた。だからありがたく食べたいことと、先にお風呂に入りたいことを伝えた。外套を脱いで椅子に腰掛け、お茶を淹れようか考えている間に「お風呂の用意ができましたよ」とマルヤが声をかけてくれる。
「あー……気持ちいい……」
熱いほどのお湯が、冬空に冷えてかじかんだ手足を柔らかくほぐしていく。ルイス達も桶に気持ちよさそうに浮かんでいて、二人の髪やアワユキの毛皮をそのうちごしごし洗うのもよさそうだった。今やると見てるこっちが寒くなるから、彼らに暑さ寒さの感覚は薄いとはいえ、何もしないでおく。
「マスター、これからはお部屋で大人しくされるのがよいかと思われます……」
あったかいので、と言うルイスに、少し笑ってしまった。
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