第436話 クロスステッチの魔女、一度宿に帰る

「クロスステッチの魔女ちゃんは大人しく待っててもらうとして……宿を取っているんだっけ?」


「はい。ちょっと中心街からは外れのところに」


 マリヤ様は「あの辺りに泊まれるところなんてあったかしら?」と言うあたり、きっといい宿しか使ったことがないんだろうな、とも少し思った。


「私は魔女になる前、苗字もないような子供だったので……頼めばご飯がついてくるだけでも上等ですし、世話をする人もいりませんから」


「クロスステッチの魔女ちゃん、なんとなく庶民派だなーって思っていたけれどそうだったのね」


 ガブリエラ様にもそう言われて、私は「そんなにわかりやすいですかね?」と首を傾げた。


「お作法かな? ちゃんと習ってはいるみたいだけど、やっぱりちょっと考えて使ってるところあるから」


「ひえぇええ……何度か言われた記憶が……」


 グレイシアお姉様に過去に言われた、『考えたり思い出したりしないでも使えるようにおなりなさい』という言葉の理由がわかった気がした。多分、こういうところが上流に生まれなかった私と生粋の上流である魔女様方の違いだろう。悲しくはないけれど、本来貴賤を問わない魔女にもぬぐえないモノがあるとたまに感じることがある。


「とにかくこの件は薔薇も《裁縫鋏》も上の魔女が対処することだけど、石鹸とお金はクロスステッチの魔女ちゃんの分も後で渡すからね」


「はい……私が三等級魔女だったら手伝えましたか?」


「どっちも二等級相当だから、あと最低でも数十年先のことね。それに魔法の向き不向きもあるし」


 素直に魔法の勉強をした方がよさそうだった。三等級になってやれることが増えれば、こういう時にももう少しくらい役に立つのだろう。


「何かあったら、水晶で知らせてください。やっぱり、私も気になるので」


「そこはもちろん、ちゃんとするわよ」


 お二人に頷かれてふと外を見ると、もう外は夕方といった様子になっていた。今から宿に帰りたいのはやまやまだけど、ちょっと暗くなってるかもしれない。予想が難しかった。


「ありゃ、結構時間経っちゃってたね。クロスステッチの魔女ちゃん、帰れそう?」


「うーん……怪しいですね……あんまり暗いと目が見えなくなるので」


 私の言葉に「これを」とマリヤ様が渡してくださったものは、図案に見覚えがあった。刺繍でも同じようなものを作って、《夜目》の魔法にする。


「いいんですか?」


「今から大人の作戦会議もしないとだしね。あなたの師匠には、直接ここに来るよう伝えておいて」


 ガブリエラ様の言葉に頷いて、魔法の編み物を顔の前にかける。薄暗くなりつつある中でもはっきりモノを見ながら、私は宿へ箒を飛ばした。

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