第435話 クロスステッチの魔女、掟の裏側を少し知る

 私が受けた依頼なのに、私が関わるには難しすぎる話になってしまった。そんなことで少し落ち込みそうになるけれど、ガブリエラ様やマリヤ様の様子から見ると事態は本当に大きそうだった。ガブリエラ様が「一人こちらに来て、《裁縫鋏》がいるかを探してくれるって」と言ってくださった時は、また怒られそうと思いつつも安心感はある。何せ、彼女達の強さは文字通り身をもって知っているのだから。


「クロスステッチの魔女ちゃん、ちゃんと組合に話してくれてよかったわ。このままニョルムルで《裁縫鋏》の魔法なんて使われたら大惨事になって、今みたいに魔女が人間といられなくなるかもしれないところだったもの」


「えっ……?」


 連絡の類を一通り終えたガブリエラ様がお茶を飲みながら言った言葉に、私は少し首を傾げた。魔女は当たり前に人間といるから、そんなことを言われても今ひとつピンと来ない。


「ガブリエラ様、いいのですか?」


「軽くはいいんじゃないかしら、と実は前から思っていたのでした」


 マリヤ様と意味のわからない会話を二言三言交わした後、ガブリエラ様は少し軽めのノリでこう仰った。


「《裁縫鋏》が許されない理由はね、人間を傷つける魔法の存在を認めてしまえば、人間は魔女と仲良くできなくなるかもしれないからよ。あなただって、隣の魔女が自分の血を搾って魔法をかけるかもしれないと思ったら、怖いでしょう?」


 それは肌に刃物を当てられるような、恐ろしい感触だと思った。針と違って傷がつき、血が流れ、場合によっては命の危機さえ覚えるほどの。


「……こわい、です」


「だから、人を傷つける魔法を使ってはならないとされているの。どんなにそれが美しく見えてしまったとしても、踏み越えてはいけない一線なのよ」


 マリヤ様が補足しながら、少し教えてくれた。四等級ではそのあたりのことを教えないのは、使える魔法の強さからしても使えようがないから……らしい。


「それに、あんまり不安になっても欲しくないからね。三等級の勉強の中には出てくるはずよ」


「う、全然お勉強できてません……」


 ちゃんとあの本を読んでいたら、少しくらいは危機感が共有できていたのかもしれない。そう思いながら、私はぬるくなったお茶を一口飲んだ。


「あるじさま、危ないことはしちゃダメですよ?」


「マスター、ちゃんと大人しくしていてくださいね」


 どうしてルイスとキャロルに左右から挟まれて釘を刺されているのだろうか。少し解せなかった。

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