第434話 とある魔女、企む
その魔女は、若い魔女が石鹸屋に駆け込むところを見ていた。彼女が店の馴染みの商人に化けて置いていった種は無事に咲き誇り、店の壁ひとつ隔てた向こうには魔法の力が渦巻いているのを感じる。欠点を挙げるなら、ソレは本来の花よりも眠りの魔法の力が弱いことだった。魔法そのものに色がなく、ただ魔法未満の力でしかない。
「あの子なら欲しがるだろうけど、あたしは未分化には興味ないのよねぇ」
そんなことを呟きながら部屋に戻り、一人になったところでトーク帽を外した。生まれて間もない赤子の血を垂らして赤く染めた布にある《これから何かになるはずだった力》を帽子に仕立てて《幻影投影》という顔隠しの魔法にしたのは彼女の発明だった。赤い帽子の高貴な婦人として、宿の者はよく扱ってくれている。利用価値があるうちは、彼女もこの宿を皆殺しにするつもりはなかった。
「あの子若いから、人を呼ぶか呼ばないか、どっちかよねぇ。懐かしいわー、あたしにも確かあんな頃があったはず」
そんなことを言いながら、自分の《ドール》に淹れさせた茶を飲む。彼女の口は百年前に魔女が壊してしまったから、もう随分と声を聞いていなかった。たまに、懐かしくなる。口を開けばこんなことをしている魔女への、小言と忠告しか出ないのだろうけれど。それでも魔女から《ドール》が離れることはない。魔女の魔力で動いているというのも大きかったが、《ドール》は魔女から離れて一人で行動するのが苦手なのだ。例外はそれこそ、魔女がこの間出し抜いてきた『眠れる森』の番人程度だろうか。
「どうしてこうなっちゃったかなー、魔女見習いの頃は希望に満ち溢れていたと思うんだけど」
返事のない言葉を呟く。最初は真っ当で、普通の女だったはずだった。縁あって魔女になり、それからしばらくも普通だったはずだ。
――けど、あの時、美しいと思ってしまったのだ。壊れていくものと、流れ出す血とを、綺麗だと見てしまった。そうしたら止まらなくなって、すぐに破門された。自分の《ドール》の口を壊したのも、この頃のことだ。それから同類の魔女達に拾われて、血と破壊とから作り出す魔法を教わり、今に至る。
「自分で決めて生きてきたつもりだったけど、何か違うのかな。あの子にあたしが見たものを見せたら、堕ちてきてくれるかなー」
《ドール》が首を横に振るのが見える。けれど、無視した。そうと決まったらやることは多く、ゆっくりはしていられないのだ。
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