第432話 クロスステッチの魔女、過去の光景を見る
目も眩むほどの光の中に、ぼんやりと風景が浮かび上がった。私たち三人が囲んでいた、薔薇と合作魔法の上にそれが見えてくる。窓が開いて、別の景色が広がるのに似ていた。
光に焼かれたように白い視界の中に、そんな目を癒す暗い風景がある。夜の森だった。黒々とした木々の隙間から、降り注がんばかりの星が輝き、三日月があった。
「……あれ?」
なんだか奇妙に見える。月はやけに黄色く、空もただ黒いのとは違う色合いをしていた。ほのかな虹色は、泡を透かして空を見上げているとしたらこのように見えるのだろうという気になる。
「なんですかね、この……虹?」
「ここが封鎖されてる理由の一つよ。眠れる森ではいつも夜で、その強すぎるほどの魔法の力がああして空模様を少し変えているの」
そう話してくださったマリヤ様の言葉に「ありがとうございます」とお礼を言ってから、私はまた元の景色を見ていた。虹色の夜空に大粒の星々、黄色い月。夜に鳴く鳥もいないのか、風の音だけが時折聞こえてくる。
「綺麗だけど、怖い場所ですね……」
そうね、と誰かの相槌が聞こえたのと、光景に変化があったのはほぼ同時だった。土を踏む足跡もなく、女が一人現れた。土に屈むスカートに糸切り鋏の刺繍があり、種を拾い上げる時に見えた首には輪を描く刺青があった。顔はわからないのが、種か魔法か相手の警戒かはわからない。とにかく、相手が裁縫鋏の魔女とわかって私は口を手で覆った。
「これは……まずいわね」
「理由が読めなさすぎるけど……」
他にも彼女は薔薇の蔓や、花びら、沢山の素材を抱えていた。さらに歩きながら枝を拾ったり、何かの小石を掘り起こしているようだった。
「あの、これって……泥棒ですよね?」
「森にいるのも素材の持ち出しも、全部ダメだねぇ。そもそも《裁縫鋏》だし」
ガブリエラ様が重々しく言った。赤く染まった小さなヴェール付きトーク帽が、なんだか禍々しく見える。あの赤が血で染めている可能性があるのが、彼女達なのだ。恐ろしい女が『眠れる森』に忍び込み、盗んでいったものでどんなおぞましい魔法をかけるのだろうと思うと震えそうになった。魔法が使えないはずなのに、魔法を使うというのも怖い。
「これ、いつの光景なんでしょうか……」
「この魔法の欠点は、いつかはわからないことなのよね。それに、この花が見ていないものはわからないの」
女が種を袋に入れて、視界が暗くなったところで私の問いに答えが返ってきた。
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